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短編集『ホッとする話』

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 主任は私にとって初めての上司で、それは厳格な人だった。といっても仕事のことではなく、身の回りのことで。
「教える仕事など、ない」
それが主任のポリシーだった。懇切丁寧に仕事を教えてくれるわけでなく、当事の私はただ主任に付いて行くだけだった。なので違う係に配属された同期たちには完全に遅れをとり、自分のことが話題に上がれば同情の目で見られ、時には心配もされた。

 仕事を教えてくれる人もおらず、かといって相談する相手も同じ部所にはいない。みんな自分のポジションを切り盛りするので精一杯か、もしくは同列を競争相手としか見ない先輩も多く、一人一人に余裕がない。そんな余裕のなさは捌け口などなく自然と下っ端に来る。チームの環境はお世辞でも良いとは言えなかったそうだ。
 そんな中で主任だけはマイペースで、他人の実績や出世など全く気にしない様子で自分の仕事をそつなくこなしていた。班長の方が主任の後輩で、その上主任はしっかり仕事ができるので文句も言えず、その下にいる私は微妙な位置にいた。
 その時、このままでは良くないと思った私は奮起して
「一度、一人で行かせてもらえませんか」
と勇気を出して言ってみたら
「おう!」と元気よく答えたあと主任は「無理するな、気ぃ付けて行けよ」
とにこやかに答えてくれた。以来私は自分で動くようになり、遅まきながら仕事を体で覚えて行った。当然失敗もした、この時も覚えていないような失敗をして主任に大目玉を食った。それでも、最後にはフォローがちゃんとあった。
「一人で飛び込んで行くだけでも、ヨシとしよう」
とか言ってくれて、厳しいのは相変わらずであるが主任とはだんだん打ち解けていった。

 そんな仕事を覚え始めた頃だった、私が班長に呼び出しを受けたのは。
 本社に空きが出来たため先輩の副主任が引き抜かれた。しかし自分の部所には欠員補充はない。つまるは人員1減で従来のノルマを達成しなければならないのだ。本来なら別件で出張中の主任を戻してでも呼ぶところを、及び腰で指示を出すのが下手な班長はこともあろうに私を今日一日の代替え要因として呼び出したのだ。
 
 当事駆け出しの私に選択肢はなかった。昨日も仕事で午前様、久し振りの休みもパーになり、眠い体に鞭を打って、泣く泣く出勤して資材を積み込み先に先方に入っている班長のところへ追っかけ車を走らせた。
 疲れと睡魔に襲われウトウトして一瞬だけ気を許したその時だった。

   ガシャン

信号待ちで止まっていた前方の自動車に気付くのが遅れた。急ブレーキを踏んだが間に合わず、エアバッグに視界を奪われた。班長は自分のことは忘れて慌てて車から降りて運転手を見るとぐったりしているが大事には至っていないようだ。
 しかし、車は動きそうにない。私は警察を呼んだ後、震える指で班長に電話を掛けた。
「どうした?」
「実はそちらへ向かう途中交通事故起こしてしまいまして……」
「なんだと、それでは商談はどうなるんだ!」
 いきなりの怒号に私は何をしていいのかわからなくなり、恥ずかしい話、事故の相手側にも心配され落ち着きを取り戻したほどだった。
 それから班長は自分で会社の各係に連絡し、処理を終えたのは日が暮れたあとのことだった。各部所でも
「お前のせいで何人の人間が振り回されたと思っているんだ」
「お陰で休みが飛んだよ」
最後には次席にまで
「お前など、会社が潰すのは雑作もないんだ」
と言われた。
 私はボロ雑巾のように絞られ、山のような報告書と始末書を書かされた。そもそも自分だって休みのはずだったし、無理に呼び出して部下を駒にように使ったのが原因のひとつではないのかと聞こうにも誰も自分の言い分を聞いてくれる者はおらず、私は事故をおこしたことや仕事でヘタ打ったことよりも、社内の対応に涙が出そうになった。
「みんな、テメエの心配ばっかりじゃないか――」
この時、良くない考えが頭に浮かんだ。