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サイの目



 僧侶は魔法使に残された最後の魔法を指図した。
 だが、魔法使はこの期に及んで再び回復魔法を選択する考えには、どうしても賛同することが出来なかった。
 残された魔法は一度限り。回復魔法か、攻撃補助魔法か。
 僧侶が指示したのは、これまで同様の回復魔法。
 変わらない現状に変化を起こす望みのある、残された唯一と思える手段。僧侶が最後まで選択肢の中にすら入れることのなかった攻撃補助魔法。生き残る可能性が薄れてゆく中、魔法使の危機回避の本能は当然ともいえる賭けにでた。

魔法使が攻撃補助魔法「バーサク」を唱えた。

直後、
僧侶の右腕が肩から叩き斬られ、その腕が地面に落ちるのを待たずして戦士の首が弾け飛び、鮮血がその首を追いかけた。
僧侶は突然の爆発的な激痛の中に蹴り落とされる。
活動を停止した首無しの戦士は小枝のように倒れ落ちた。
気が狂がえて剣を暴れ振るう聖騎士。
片腕損失に苦悶する僧侶の悲鳴がダンジョンにこだまする。
辺りを濡らした緑色の血痕の上に、赤い鮮血が撒き散らされてゆく。
横たわる機能停止の首なしの身体の傍らには即席リーダーの頭が転がる。
僧侶は仲間の変わり果てた姿と気狂った聖騎士を観て、魔法使の愚行を悟った。
罵倒した。
その後の僧侶の口からは、悶絶の悲鳴しか零れることはなかった。


__【バーサク】
 攻撃補助魔法。魔法を受けた被験者は一時的に体内のアドレナリンが大量に噴出し続け平常時にはありえない力が発揮される。だが、そのアドレナリンの噴出量により精神状態を維持することは容易ではなく、維持できない場合は発狂し、狂戦士に落ちて敵見方の見境なく攻撃をしかける。効力が切れば狂戦士も正常化する。諸刃の補助魔法であるため、この魔法はパーティーで最も精神力の強い者にかけるのが常識とされている。__


 普段の聖騎士であればバーサクを受けたとしても、仲間に剣を振るう事はなかったであろう。しかし、肉体と精神が極限まで疲労した状況では、平常心を保つことなど到底不可能で、瞬く間に狂える騎士に堕ちてしまった。
 もはや魔法使はそんな事すら考慮にいれる判断力を失っていたということか。ただ、確実に体力を削られていたジリ貧パーティーの現状を考えれば、このバーサクの魔法は膠着状態を打破する為の手段としては決して的外れな選択とも思えない。誰一人として打開策を見出すことが出来ずにいるのを見て取り、独善的に4人の命を張った賭けに出たのだ。そして、サイの目は「凶」とでた。

 コボルド達は突然の冒険者の奇行に戸惑いを見せていた。

 首なしの戦士。片腕切断で悶える苦しむ僧侶。狂い暴れる聖騎士。魔法使はその光景を目の当りにして、自ら投げたサイの目の結果に腰を抜かして地に崩れた。
 博打に負けた未熟者をあえて擁護してみるなら、15分という戦士の言葉は魔法使にとっては死の宣告にも等しいものであったろう。
 残り15分。
 このままだと、この場で朽ち果てるしかない。
 生き残る手立てはどこにも見当たらない。
 策がない。
 全てを失った後に策など出るはずもない。
 ならばどうする。
 残された道は、ひとつ。
 15分以内の強行突破。
 単なる肉弾戦に突入するだけだ。
 そして、その時が来れば、魔法使が生き残る可能性はないのである。
 当然、魔法使は15分後を危惧しただろう。
 仲間の護衛などはまず期待出来ない。
 戦士の冷徹な一面は侍の死に際に見せつけられていたから。
 ならば、持ち合わせた魔法で賭けに出るのは必然ともいえる。

 魔法使の心の動きも汲めない浅慮な戦士の台詞が、15分、であった。
 脳無しとまでは言わないまでも、首なしの戦士はリーダーの器ではなかった。