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幽霊屋敷の少年は霞んで消えて

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そう言ってわたしはグイと胸を張る。誇らしいです。ええ。何が?と聞かれれば何も答えられないですけど。
そんなわたしに霞くんはまたもや「ケラケラ」と笑う。良いですねぇ。実に腹立ちますねぇその笑い方。
さて、しかしまた話が脱線してしまった。曲がった線路は直さなければ。
「ねぇ、霞くん。また話が脱線してる」
「えっ?」
わたしの言葉に霞くんはきょとんとした表情を浮かべる。
おい……おい……おぃ〜!頼むぜ、暮宮少年!
「だから、話が脱線してるって」
わたしの口調が癪に障ったのか、霞くんはむっとした表情になった。
……言っておくがね霞くん。君の口調はいつだってわたしの癪に触っていたよ。
「……わかってるよ。うるさいな……。それで、何の話をしてたんだっけ」
……ついさっきの話やん!
「いや……だからね、君がここに来る前のことは何もかも覚えてないって話」
そこまで言われて、ようやく霞くんは思い出したように「ああ」と手を打った。
頼むぜホント……。
「そうだったね。そうそう、ぼくは何も覚えてないんだよ。気が付いたらここにいてさ」
霞くんは初めてここに来た時のことを話し始める。

トロンとした世界の中で彼は目覚めたらしい。
ここがどこなのか、自分が誰なのかさえ分からない状態で。
周囲を見回してみるけどそこは真っ暗な闇の中。
不安を押し殺して、周囲を見回していると不意に肩を叩かれた。
振り返ってみると、そこにはきれいな女の人が立っていたという。
彼女は言った。
「あら、あなたが新しい住人さん?わたしはめぞん☆跡地の大家をしているモノよ。どうぞよろしく」
言葉を紡ぎ終えると彼女は笑った。優しく。妖しく。美しく。
彼女は少年にすっ、と何かを差し出した。
ソレは数字の書かれた鍵―203号室。
「それが、あなたの部屋の鍵よ」
女の人はそう言って少年の向こうを指差した。
そちらへ顔を向けると、そこには木製の扉が。
鍵に書かれているのと同じように、203号室と部屋番号が書かれている。しかし、名前の枠には何も―。
そこで思い出したように彼女は言ったそうだ。
「あら、そういえばあなた名前は?」
そう聞かれて、彼は初めて自分に名前がないことに気付いた。いや、あったのかもしれないけれど、ともかくそれが遠い遠い忘却の彼方に消えて行ってしまっていることは確実だった。
だから、彼はポツリと漏らしたそうな。
「ぼく……名前が……ない」
それを聞いた大家さんは、ふぅむと一つ唸ると少年に言った。
「ならば、私が付けて差し上げましょう。そうねぇ、どんな名前が良いかしら」
彼女はしばらく、頭を押さえて考え―そして言った。
「そうだ、良い名前を思いついたわ。あなたの名前は霞よ。暮宮霞。だってあなた、今にも消えてしまいそうなのだもの。息を一つ吹きかければ消えてしまうくらいに儚い」
「霞……ぼくは霞……」
彼は繰り返し自分の名前をつぶやいた。
暮宮霞。それが自分の名前だと認識するために。もう忘れないように。
「そう、あなたは霞。新しいこの部屋の住人よ」
そう言って大家さんは再び、部屋の扉を指差した。
そこには203号室―暮宮霞と書かれていた。
それが、暮宮霞少年がこのアパートに来た最初の記憶。
なんともファンタジックな話だ。

「それからぼくはここの住人。この部屋の主」
霞くんは誇らしげに語る。
ようやく、自分に居場所が出来てうれしい。そんなところだろうか。
「何も覚えてなくて、辛い事はない?」
しかし、わたしの問いかけに霞くんは頭を振った。
「ううん、ないよ。だって覚えてないなら新しい思い出を作れば良いだけのことだもの。それに、ここに住んでる人たちもなんだかんだで優しくて、面白いし。一緒にいて退屈しないよ」
……それは君も同じだよ。優しいかどうかはともかくとして、一緒にいれば退屈しない。良い意味でも悪い意味でも。
「そうなんだ。なんだかんだで楽しんでるんだね」
「うん」
その時、不意に腕時計が鳴った。
ピピピ。ピピピ。と鳴るアラーム音。
この建物に入る前にアラームを設定しておいたのだ。
わたしは、一回物事に没頭するとつい時間を忘れてしまうことが多い。
だから、こういう心がけは大切だった。
「時間だね」
霞くんが淡々とした口調でつぶやく。
「うん―。そうみたいだ」
わたしは腕時計のスイッチを押して、タイマーを鎮めると座布団から腰を上げた。
なんだかんだで、二時間以上ここにいたらしい。
そろそろ駅に向かった方が良いだろう。
今日は貴重な経験をさせてもらった―いろいろと不思議なモノが見られて本当に良かったよ。
「どうも、ありがとう。今日は楽しかったよ。霞くんに会えて良かった」
そう言って、わたしは手を差し出す。
ホラ、握手!握手!
霞くんは、しばらくキョトンとしていたがやがてその意味を理解してわたしの手を握った。そして、彼はふっと笑う。
「ぼくもおじさんに会えて良かったよ。久しぶりに楽しかった」
霞くんは今日一番の笑顔を見せてくれた。
最初に会った時は想像出来なかったけど、彼もこういう顔が出来るんだね。
霞くんとの挨拶を終えて、わたしは部屋を出る。
霞くんも付いてきてくれた。
建物の外に出て、わたしは思い切り空気を吸い込む。
ふぅ、やっぱり新鮮な空気は良いなぁ!
わたしはのびのびと体を伸ばす。
う〜ん。気持良い!
「あははっ。おじさん子供みたい」
霞くんの言葉にわたしはニッと微笑む。
「わたしの心はいつまでも少年だよ」
「成長してないだけじゃなくて?」
霞くんの言葉に、わたしたちは2人して笑った。
どうしてだろう。気に食わない言葉のはずなのに、どうしてか今はそれがひどくおかしかった。
ひとしきり笑い終えると、霞くんは目元の涙を拭って(どんだけ笑っていたんだというツッコミは置いておいて―)言った。
「それじゃあ、またね。―また会えるのかどうか知らないけど」
そう言う霞くんの声はどこか寂しげだ。
だからわたしは言ってやった。
「会えるよまた。絶対に」
わたしの言葉に霞くんは驚いた様子で「えっ?」と言った。
「遊びに来るよ。また」
うん、場所も駅も覚えた。いつかまたここに来ることは難しくない。
そんなわたしの言葉に霞くんの顔はパッと輝く。
「ありがとう。期待せずに待ってるよ」
ついついキツいことを言ってしまうのは霞くんの性分なのかもしれない。
「その期待に答えてみせるよ」
などと気取って言ってみると、霞くんは「じゃあ今度はお茶でも用意しておくね」と答えた。
お茶はミゾレ様なんかが淹れるの上手そうだ。
いつかまた、それを飲みに来よう。
わたしは霞くんに一つ会釈すると踵を返して歩き出した。
今日はやけに夕日が眩しい。
振り返ると、霞くんがコチラに向けて手を振っていた。
わたしもそれに手を振りかえす。
夕日のせいなのか知らないが、霞くんの姿が霞んで見えた。
夕暮れ時に霞む霞くんの姿―それはまさに暮宮霞であった。……うまい!
いつかまた、ここに来よう。近い内にきっと。