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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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幽霊機関車

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彫られた文字は永い年月風雨に晒されてほとんど消えかかっていますが、馬の文字が読めるところを見れば、馬頭観音の碑に違いありません。
その背後は数十坪にわたり、背の高い葦が生い茂っています。
私は、
「馬捨て場」
とつぶやきました。
ここは牛や馬の死骸を捨てる場所だと誰かに教わった記憶があります。
 
間もなくK崎の切り通しに着きました。
 広い新道を横切る田舎道のかたわらの乾いた田んぼに鉄の塊が転がっていました。
 すぐには2トン車の残骸とは判らない程の壊れかたです。
 私はそれまで衝突事故の現場を見たことがありませんでしたが、それにしてもこの壊れかたは尋常でないと、子供心に思いました。
 亡くなった運転手の遺体はすでに運び去られていますが鉄屑のような車体の間には血と思われる染みが至る所に付いていました。
新道とはいえ、大小の白い砕石が敷き詰められただけのもので、アスファルトやコンクリートで舗装されているわけではありません。見れば2トン車が引きずられた跡らしいものが、新道の中央から田んぼに向かって続いています。
妙なのは、相手の車の残骸は勿論のこと破片やタイヤの跡すらも見当たらない点でした。
 
私はしばらく現場を観察しましたが、特にこれといった発見は無かったので、帰ることにしました。
例の「馬捨て場」の前を通り過ぎた時、一瞬鳥肌の立つような寒気を覚えましたが直ぐに消えました。葦原の中の数メートル先の葉先だけが微かに揺れているのが目につきました

 家に帰ると叔父に声を掛けられました。
「坊や、自動車事故見に行ったのかや?」
「うん、凄かった。だけど、変なんだよね」
「変?何が?」
「だって、相手の車の残骸も、轍も無いんだもん」
「そりゃ、おかしいな」
「でしょう。この謎を解かなきゃ」
「ああ、是非解いでみろ」
 叔父といっても二十歳前の少年、おどけた表情でそう言いました。

 所轄のY町警察署はこの奇妙な事故の調査には余り乗り気ではなかったようです。               
 都会での食生活の困窮から関東界隈の農村には「買出し」と呼ばれる人々、或いは「物貰い」とか「俄か乞食」などというひどい呼ばれ方をした、空襲の罹災者達が多数出入りするようになり、畑荒らしの類の窃盗から強盗まで、多くの犯罪が日を追って増えていました。
 従ってY町署も相手の不明な交通事故などにいつまでも関わっている時間的余裕も無かったのが実情でしょう。
 そして、この事件は次第に忘れ去られようとしていました。
 しかし、私の胸の内ではこの相手の判然としない不可解な衝突事故が大きな関心事として膨らんで行きました。

間もなく師走の声を聞こうという或る夜、私は床に入ったものの事故の事が相変わらず頭から離れず、なかなか寝付けずに天井板の節の穴を数えていました。
既に十二時は回っていて皆寝静まっています。
突然、ポーッという汽笛が耳に入りました。
何故か近くで鳴った様に聞こえました。
私は胸の高鳴りを覚えました。
この前、聞いたものと同じ短い汽笛だったのです。                    
汽笛の長短にはそれぞれ意味があるらしいことは知っていました。
短い汽笛は、注意を与える相手が近い場合に鳴らされる筈です。
そして、妙な事実に気付きました。
それは、考えるだけでも馬鹿げていました。
某本線とは全く逆の方角から聞こえて来たような気がしてならないのです。
家の周囲に音を反響させるような山とか崖があるわけではないので、家の中にいても音源の方向はおおよそ見当がつきます。

 (この薄気味の悪い汽笛を聞いたのは自分だけか?)
と思うと、急に怖くなって、そっと周囲を見回しました。
家族たちは相変わらず寝静まっている様子です。
布団を被ってみましたが、汽笛が耳の中で繰り返し鳴っている感じがしてなりません。
頭はますます冴えてしまい、あらぬ妄想が次々に浮かんでは消えます。
しまいには、蒸気機関車がむやみに汽笛を鳴らし、白い湯気を吐きながらレールのない畑や田んぼを走り回っている光景さえ出て来る始末です。

翌朝、叔父や叔母にも昨夜の汽笛のことを聞いてみましたが全く知らないとの返事でした。
家族の中にあの汽笛を聞いた者がいないと知って、自分だけが聞いたものか、あるいは自分の空耳だったのか気になりだしました。
残るは近隣に住む学校仲間に聞くか、学校へ行ってから誰か汽笛を聞いた者はいないか確かめるしかありません。
朝食の芋飯(白米にサツマイモを混ぜたもの)を済ませると、私は兵隊鞄を抱えて家を飛び出しました。

当時は、食糧難時代で都会では米は勿論のこと、麦も入手困難で玉蜀黍や高粱の粉を練って団子などにして主食にしたと聞きます。
サツマイモを混ぜたとはいえ、米飯が食べられたのは、やはり農家であるが故だったと思います。
ところで鞄のことですが、終戦により除隊してきた父や兄達が各家に持ち帰った軍用鞄を子供たちが通学用に使うようになりました。  
私が見たところ、海軍は緑色の麻製に対し、陸軍は国防色の綿布製で生地もしっかりしていたように思います。やはり使用面を考慮したものでしょうか。
一緒に登校する仲間にも、汽笛を聞いた者は居ませんでした。

校門を入ると塀に沿って太い桜の木が何本も並んでいます。今は殺風景ですが、満開の花に包まれる春ともなれば、俄然存在感を強め、観る者を圧倒します。懐かしい小学校時代の思い出の一コマです。

授業前の教室はいつもながらざわめいていました。
私は早速数人の級友に当たってみましたが、不思議なことに、誰一人昨夜の汽笛を聞いていませんでした。
(やはり空耳だったのか?)
と、また自信を失いかけた時、
「おい、坊や。汽笛聞いたのが見付かったど」
日頃私を坊や呼ばわりする番長株の級友が、隣の教室から一人の生徒を引っ張って来ました。
見るからに田舎の子といった身なりです。
丈も短く詰まり処々擦り切れた絣の着物の下に、これも短くなった長ズボンをはいています。
「おっらー、聞いたど。ゆんべの汽笛」
「えっ、聞いた?」
私は彼の言葉にホッとしました。
やはり錯覚ではなかったのです。
番長が彼の頭をこずきながら、
「おめえ、ほんとか?まちげ(間違)えねえか?」
「うん、まちげえねえ。家のすぐめえ(前)で鳴ってたど」
「何、おめえの家のめえ?嘘つぐでねえ。家のめえは畑でねえが。そんなとご(所)汽車がはし(走)っか。ばーか」
また、頭をこずきました。
「君の家の前で鳴ったの?それ、ほんと?」
私は勢い込んで聞き返しました。
「うん、ほんとだ。戸開けだら機関車が走ってだ」
番長は呆れ顔で言いました。
「このやろう、頭おかしいよ。坊や、相手にすんの止めどけ」
作品名:幽霊機関車 作家名:南 総太郎