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NIGHT PHANTASM

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11.賽は投げられた(2/5)



悲鳴が躍る。
悲鳴が踊る。
怒号があちらこちらから聞こえ、叫ぶ声はしまいには言葉にすらなっていない。
苦しんでいる。喉を押さえ、胸を押さえ、あまりの激痛にあえいでいる。これは毒だ、お前が仕込んだのか、お前だ、お前に決まってる!
誰かがそう叫んだ。誰もがそのさまを見た。比較的症状の軽いものは疑われ、勢いに潰れ殺されていく。
四肢をもがれ、眼球を潰され、力任せに八つ裂きにされ、床は赤に、そして黒に濡れていく。それがこぼれたワインの色なのか、血の色なのかはすぐにわからなくなった。
壇上に立つレンフィールドとエルザは、何も言わずにそのさまを見下ろしていた。
命という燃えさかる炎に、少しだけ油を注いだ――それだけで、これだ。乱闘になり、倒れたものは容赦なく踏みつけられる。
立っているものは、首筋を牙で深く深く噛まれる。奏でられる悲鳴、叫び声、冷静というべきか一直線に扉を目指したものもいたが、開きはしない。
エルザがいなくなった数分間にも気付かないとは。そんな愚かなものたちは、逃げられは、しない。次の夜など、来なくていい。

しばらくすれば、気付いた者がレンフィールドへと向かい来るだろう。
その時はエルザが動く。合図にレンフィールドは裏の扉から出、毒ガスの準備を進めにいく。エルザは単身ホールに残ってもらうが、この阿鼻叫喚ぶりであればなんなく片せるだろう。
そう育てたのだ。自分が育てた愛娘は、こんなところで死にはしない。
ワインに口をつけぬまま、グラスを投げた。割れた音は、他の音にかき消されて聞こえなかった。


受信機にしばらく聴覚を預けていたが、音だけでも伝わるあまりの混沌にティエは電源を切った。
「ルイーゼ、アンナ」
鍵を使い、建物内に踏み込んだ三人。人気のない不気味さに悪寒を覚えるも、それをおさえてティエは力強く二人の名を呼んだ。
「死なないこと。そして、時間は余裕を持って脱出しなさい。いくらあなた達でも、間に合わなかったその時には生きて出られないだろうから」
ナイフを取り出しながら、地図を再度確認する。地下一階にホールがあるのは、幸いだった。脱出への時間をはかりやすい。
レンフィールド曰く、深層には地下墓地が広がっているらしい。そこには予め蓋をして処置をしてある、とのことだった。処置の詳細は聞いていない。
おそらくは、吸血鬼であるティエでも真っ青になるようなものだろう。聞いても、精神が疲弊するだけだ。
「マスター」
「何?」
「どうか、ご無事で」
「……馬鹿ね。それは私が言うことよ、絶対に、生きて……三人で帰りましょう。絶対よ」
ナイフを置き、ティエは双子を抱きしめた。自らの胸を離れ、行動を開始したのを見届けてから、再びナイフを手にとる。
背後に殺気を感じたのは、それと同時だった。
「――ッ!」
ナイフを構えていては間に合わない。手で衝撃を受け止めると、血が白い床に落ちた。鉈を振るうその姿は、人間だった。
着ている服からするに、上の階の人間だろう。偶然こちらへ来たのだろうが、運の悪いことだ。出会わなければ、殺さずにおいてあげられたのに。
手刀で鉈の刃を叩く。小さなアクションだったが込められた力は人間という種が思っているよりずっと強く、人間は鉈を床に落としてしまう。
ゲームセット。
そう、誰かが告げた気がした。首を締め上げ宙へと浮かすと、人間は苦しげにうめいた。もがく手足は、むなしく空を切っている。
「何故ここにいる?」
「……」
「もう一度聞く。何故、地下に来た?」
「……し、仕事が、予定より早く終わったから……報告しようと思って、で、電気が……消えて……」
「……」
なるほど、ティエは心の内で頷いた。
地下がやけに薄暗いと感じたのは、気のせいではなかったのか。おそらく予備電源が機能しているだけなのだろう。話からすれば、上の階は真っ暗だ。
生かしておく理由はない。
だが、殺す理由もない。
「……い、いやだ、死にたくない……いやだ!」

――感心しないな。

誰かが、ティエの心の扉を乱暴に開け放つ。幾重にも残響する声。高くも声変わりのすんだ、通りのいい青年の声。
「やめて」
続きなんて、聞きたくない。自分は殺人狂じゃない。生きるために、殺してきた。だから、この人間は顔を見られたとて殺さなくていい。
自分が殺さなくても毒ガスで死ぬ。地下へどこから下りてきたのか知らないが、その扉ももうじきロックされる。
地上が全てオートロックになっており、特定の時刻になると閉まるということは事前にレンフィールドから聞いていた。地下から地下へは、吸血鬼のほとんどが反対したため普通の扉になっているようだが。

――その甘さが、いつか

「やめてッ!!」
ティエは気付いていなかった。声とともに、人間の首筋にはわせていた手にも力がこもっていったことを。
命乞いの声さえ、もう聞こえない。
ティエの頭に、入り込んでくる声が全てをかき消してしまう。目をつぶっても、現実は変わらなかった。

――命取りになるぞ。

「嫌、やめてッ!! もうやめて、私はそんなこと聞きたくない!!」
それは、咆哮であり悲鳴だった。締める手が、相手の首筋の肉をちぎり、骨を折り、頭と胴体を分断させた。断末魔もなく、亡骸が二つにわかれて落ちる。
「ひ……」
今まで、立ちはだかる者は何人も殺してきた。
だが、こんなにも恐怖に満ちた恐ろしい死人の顔を、自分は見たことがない。ティエは後ずさり、血まみれの自らの両手を見て再び悲鳴をあげた。
それは誰の耳にも、届かなかった。


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴