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NIGHT PHANTASM

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07.I'm here(6/6)



――まるで、番犬みたいね。そう、私とルイーゼ、アンナのよう。よく似ていると思わない?

すっかり闇に包まれた森の中で、保護色の黒に包まれているティエの存在は確かながらも希薄だった。
手を伸ばしたとして、闇をつかむだけかもしれない。そんな錯覚を与えるほど、気配が感じ取れない。わずかに露出した肩の肌、そして顔を見て位置を判断するより他になかった。
「……それで? そこまで話して終わりじゃないだろ?」
「そうね。昨夜、そう……あなたが睡眠薬に溺れていた頃かしら」


風のない夜だった。
月は薄くかかる雲にさえぎられ、光の強弱を繊細な模様のように変化させていく。枯れた薔薇の園は、月光という水を浴びて生き生きと乾いていた。
全てが死んでいるといっていい館。時計の針はとうの昔に折れ、季節と歳月を忘れた世界の果て。
その館に辿り着き、扉を静かにノックした少女の姿を、応対したティエ以外は誰も認知していなかった。みな、死に限りなく近い眠りに誘われて、意識の扉をも何重に閉じていた。
「孤児院を当たるなら、他をどうぞ。手がいっぱいなの」
全てを見透かしていたのかいないのか、扉を開き先にいた客人を見やるなり気だるげに言い放つティエ。
ルイーゼとアンナよりずっと小さい、生まれて十年も経っていないのではないかというほどのあどけない少女がそこに立っていた。
持ったバイオリンケース、それをティエはちらりと見やる。人間相手では易かろうとも、吸血鬼の嗅覚に対しケースに染み付いた硝煙の匂いを隠すのは無理だ。
「エルザ」
痛み一つない黒い髪をまっすぐに伸ばし、清楚な印象の少女は短く答えた。甘く幼いその声で、いったいどれだけの大人を騙してきたというのか。
「うん?」
あいまいに返答しながら、ティエは暗示をこめて少女の両目を見た。ほどなくして、自らが無駄な行為に走っていたことに気付く。
この目は、他の主人に忠誠を誓うまっすぐなものだ。他人の領地を占拠する趣味は、ティエにはない。
「エルザ=ビッテンフェルトと申します。こちらに、十四番目の月がいらっしゃると聞いて参りました。お取次ぎ願います」
「十四番目の月は、私」
「存じております。ティエ様、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
「どうぞ。あいにく雑用人は寝てるけれど、それでもいいなら」
言いながら、扉を大きく開けエルザを館内へ受け入れるティエ。乱れ一つない少女の動きに、ティエは釘付けになった。
十四番目の月と呼ばれるのは、久しい。いつかに会ったベトナム人は、ティエという名前など何も珍しくないと笑っていたが、その由来を聞けば底という底まで凍りつくに違いない。
それだけの重さと畏怖をもった、通り名。
エルザより先行して階段を上りながら、ティエは人間でいう心臓をねじられる思いだった。
この通り名を知っていて、エルザは何ひとつ引いていない。驚きも、恐怖も、全てが存在しない。この若さでこれだ。末恐ろしさに、肝が冷えた。

「話を聞きましょうか」
二人分の椅子を用意し、ティエは最初のリードを取った。造花の薔薇が、ここから逃げたいとばかりに脅えているそんな錯覚。
逃げたいのは、自分なのかもしれない。
「はい。抵抗される可能性を考えて持参してきたのですが、中をお見せしたほうがいいですか?」
そう言ってエルザが示したのは、バイオリンケースだった。わかっているからいい、と返すとそうですか、と短く話の主導権が返ってくる。
「どうぞ。簡潔でも、遠回りでも気にしないわ」
「はい。レンフィールド様が、貴方様との接触をお望みです。今宵はその予定を固めに参りました」
「ナハティガルに正面から、飛び込めということかしら?」
「いえ……これは、ナハティガルとは何も関係ありません。レンフィールド様が、個人の立場でお望みになったことです」
「……」
連絡が途絶えて、もう数十年になる。いまさら会って何だというのだろう、ティエは不思議に思いながら視線を流した。
話の意図がまったく、読めてこない。
エルザにそう正直に伝えるべきか迷いかねているところに、手持ち無沙汰な耳が相手の声をとらえた。
「レンフィールド様は……ナハティガルにおいて、孤立しているのです」
「孤立? 一番上が?」
「おかしいと思われたでしょう、ハンターを何度も差し向けながらも、押し切れない数と人間ばかりを、そう、まるで勝ちと負けが最初から決まったふざけばかりの遊戯のように」
「……」
もっともだった。
ティエが自ら出ずとも、ルイーゼとアンナだけを向かわせても撃退になんら問題のない、生ぬるい襲撃の積み重ね。
相手が欠員による痛手を負うだけで、メリットなどほとんどないはず。本気で潰しにかからない相手に、ティエも疑問を日々反芻していたところだ。
「今夜私は、ミュンヘンにて行われるセレモニーを襲撃する手はずになっています」
感情のない声で、エルザが年齢に分相応な言葉を並べた。
「そう」
「私が今ここにいることは、レンフィールド様とティエ様、あなたしか知りません。どうか、ご内密にお願いいたします」
「……私がナハティガルに情報を売っても、意味がないわ。異端者は何を言っても、何をしても死ぬまで異端者だもの」
「会っていただけますか? もちろん、今すぐにとは言いません。レンフィールド様が何を話すのかは、私の存じるところではありませんが」
「嫌だと言ったら? 罠かもしれないのに」
「館に入ることが難しいのならば、入ってから崩すまでです」
そう言うと、置いたままのバイオリンケースにそっと手を乗せた。まみえたことがないために実力をはかりかねるが、レンフィールド直属の部下とあっては小鳥の首を絞めるようにはいかないだろう。
「……いいわ。場所と時間を。このまま逃げ切れないのなら、死地に飛び込む覚悟もいるのでしょうね。きっと」


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴