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NIGHT PHANTASM

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07.I'm here(5/6)



「ナハティガルのお偉いさんに直談判するってお前、寝てるのか?」
見渡す限りの見事な自然。森林の中に、煙草の匂いがわずかに混じっては薄れていく。
日も落ちまもなく夜が来んとしている世界を遠景にしながら、ジルベールは驚きに目を見開いた。煙を吐こうとしたが、驚きが後を引くあまりむせて咳き込んでしまう。
「お偉いさんでは話にならないのよ。私が話をつけに行くのは、頂上」
「冗談が過ぎるぞ……複雑どころかスパゲッティ状態になってるあの組織のトップなんて、会う以前に誰かわかってるのか?」
「場所ならわかるわ。イギリスの、ロンドン」
「いや……」
それは違うと続けようとした口を、見えない手にふさがれた。現実に制止したのはティエが上げた手一つだったが、それだけで発言権を奪われてしまう。
「冗談よ。ただ、領域はそこに置いたままみたいね。いつか戻ってくるでしょうが、それを張っている時間はない」
「ああ」
「東欧まで行っていたけれど、今はチェコ辺りかしらね」
「東欧? また何で、そんな遠征を?」
「墓があるのよ」
「はあ?」
わけがわからないと、ジルベールは思考の中で誰にも見えない白旗を振った。あてずっぽうを言っているようにも思えず、かといって言うことは現実味のないめちゃくちゃなものだ。
理屈の一つも通らず、いい加減なことを抜かしているのではとつい疑いの目が動く。元々変人だったが、ついに頭までポンコツになってしまったのか。
「……墓よ。この季節になると、いつも私もその墓を訪れるの。そうすると必ず、先客のたむけた花束がある」
「ちょっと待て。めちゃくちゃだ、話を時系列順にわかりやすく頼む。それか直球で」
「ナハティガルを統率するトップの名は、レンフィールド。一人残された私に生きる術を教えてくれた吸血鬼で、私の……父の、唯一の友人よ」
「……何でお前、今までそのことを黙ってた」
「言う必要がなかったからよ」
「ふざけるな! それが分かってるのと分からないとでは、天と地くらい差があるんだぞ!? 確かに、お前の過去は……詮索しなかった、それは私に非があるけど」

吸血鬼と吸血鬼の間、つまり純血種として生まれたティエは、東欧で生まれ育った。厳密には中東欧に位置する、今はなきチェコスロバキアの人である。
多くの場合、吸血鬼は不老不死の存在として描かれるが現実はそうではない。
赤ん坊として生まれ、人間と同じスピードで成人までの時を過ごし、その後は成長を止めることが可能になるが何百年も生きていれば寿命がくる。
長く生きて、三百年がやっとだ。ティエはおそらく、百年も生きていない。百年に相応するだけの重さを持つ孤独を抱いているが、まだまだ若い。
以前、ドイツ語は自分の母国語ではなく、後から学んだものだとティエはジルベールに打ち明けていた。
彼女がジルベールに対してはじめて発した言語は、チェコ語だった。同様にスロバキア語も、学ぶこともなく自然に身についていたという。
ティエの母は生まれつきの病弱で、ティエをこの世に生じさせたと同時にこの世を去った。
父とともに過ごしていく間に、父の友として、時には兄として、そして母のように親しく接してくれたのが、今の名でいうレンフィールドという吸血鬼だった。
しかしティエが大きくなっていく時間に比例し、レンフィールドはあまり顔を見せなくなり、父が死ぬ一年前にはまったく連絡をとれない状況にあった。
以来、彼に会うことはなかったという。
だが、記憶には鮮やかに彼の姿が残っていた。ブロンドの髪をもてあそばせながら、端正な顔立ちに笑みをたたえたレンフィールドの面影が。

「悪い人じゃない。だから、直接出向く必要がある……ただし、昔と今は違う。二人も連れていくわ。もしかすると、この館には帰れないかもしれない」
「……」
「ごめんなさい、わからないわよね。それならば……昨夜、この館の門を叩いた人間がいたこと、気付いていたかしら?」
「え?」
思いもしなかった言葉に驚き、タバコが地に落ちる。急いで拾い上げるも、火は消えていた。どちらにせよほとんど残っていなかったし、今回のものはいつも吸っている銘柄ではなくルイーゼとアンナについでとして頼んだものだ。慣れない味にうんざりしていたので、ちょうどいい。
「エルザ。知っているかしら、赤い羊の再誕と恐れられた、殺し屋稼業に身を投じる悪魔を」
「……エルザ? ああ、まあ知らなくはないが……」
曖昧な返事。
だが、ジルベールは理解していた。ここ数年の間に、瞬く間にヨーロッパ中に広がった薄気味悪い裏舞台に踊る少女の噂を。
髪の黒いドイツ人で、エルザ=ビッテンフェルトと言えばその道に通じる人間は顔面を蒼白にするという。外見年齢は十代だが、はっきりしていない。
いってしまえば、名前以外の情報はほとんど伝わっていない。ただ、エルザ=ビッテンフェルトという少女が臭い噂の漂う有力者やヨーロッパだけではなく世界の未来を担う上部の人間を次々にこの世から消去している、それくらいのものだ。
亡骸のそばに花束と白い羽を置いていくのが特徴で、罪のない庶民を殺めたという事実は今の時点では出回っていないが、表に出ないだけで実行されている可能性はある。
そんなエルザの存在を知り、喜ぶ者、震える者、笑い出す者、十人いれば十種類の反応があった。
無垢な少女の姿をしていながらも高い暗殺能力を持ち、存在さえもこの世から隠蔽してしまうという部分にはルイーゼとアンナと似通った匂いを感じさせる。
だが、そんな殺し屋が今の話に関係があるとは連想しがたい。
領域にかかる暗示を越えてまで、ティエのもとを訪れた理由など、輪をかけてわからない。事実の整理に、ジルベールの頭は煙があがりそうなほどだった。
「で、それがなんだって?」
「レンフィールドの、右腕なのよ。エルザ=ビッテンフェルトという少女は」


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴