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NIGHT PHANTASM

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05.追う者、追われる者(後編)(2/3)



「フリッツ!」
カミラが、名を呼ぶ。扉の前に、少し距離をあけてうずくまっているのは確かにフリッツ以外の誰でもなかった。
血に濡れ、姿勢を落としているということは少なくない傷を負っているのだろう。番犬とやりあった上で、よくここまで戻ってこれたものである。
ノックし、応答があったことで安心してしまったのか、フリッツはぴくりとも動かず一言も喋らない。
「おい、カミラ! フリッツを中に入れろ、処置する!」
「わかってる!」
開け放たれた扉の向こう、昼の光に満ちた道の上へカミラは進み出た。それが、死神のいたずらとも知らずに。
気付けなかった罪は、今まさに裁かれんとしている。

フリッツの体へと手を伸ばした瞬間、彼女の見る世界が反転した。石造りの道に叩きつけられる衝撃。受け身も取れぬまま、擦りが彼女の美しい肌を傷つける。
動かそうとした腕が動かない。それが誰かに強く掴まれているからだと知ったその時、カミラは自らの体に備わった、時計の針が折れる音を聞いた。
腕が自由になった刹那の後、倒れたカミラに馬乗りになっていた人影が彼女の首へとナイフを落とす。
まな板の上で魚の首を分断するように、柄を握っていない方の手を乗せ力を込めて。さながら、それは現代のギロチンだった。
愚かだ。
そんな人間は、死刑になっていい。執行者は、返り血を浴びながら意地悪に微笑む。

その刑が処されたと同時に、拠点である建物の二階から、派手な音が響き渡った。見上げなくとも、アンナにはわかる。
自分は下から、姉は上から。
屋上から、ルイーゼが窓ガラスを破り内部に侵入した合図だ。命綱は現地で調達すると聞いて、大丈夫なのかと半信半疑だったがどうやらうまくいったらしい。
「クソ、番犬かッ!」
刃に負けない鋭い視線が、入り口付近で浮き足立っている。冷静な者もいるようだが、これでは下部とはいえ程度が知れるというものだ。
外に出ればいいものを、通行人を恐れてかハンターは内部に扉も閉めぬまま篭城している。しょせんは薄汚い賞金稼ぎ。正義のヒーローごっこは、ここで終わりだ。
秘密組織での裏の顔? そんなもの、一銭にもならない。マスターにたてついたものは、全て敵だ。アンナは姿勢を落として駆け出す。
「番犬じゃない」
手前にいた男にナイフを突きつけながら、睨みとともに言い放った。狭い入り口に密集することが、守りにも攻めにもならないことに何故気がつかないのか。
奥に逃げたとて、広い空間に出たなら姉の一閃に体をバラバラにされて終わりだとは思うが、それにしても愚かだ。
左手で、小型のナイフを投擲する。外部と連絡を取ろうとしていたハンターの腕に刺さったナイフは、血を吸うように深くのめりこんだ。
がちゃり、と携帯電話が床に落ちる。
拾わせはしない。そして、誰一人としてこの異変を外へ伝えさせはしない。
「私は……」
言いかけて、アンナは迷った。私は、何だというのだろう。亡霊か、マスターのしもべか、それとも、貴方達と同じ人間だとでも言った方がいいのか。
詰まった言葉のかわりに、ナイフとともに相手に突進した。玉突き事故のように数人が体勢を崩したことを確認しのち、突進を食らわせたハンターに馬乗りになる。
めった刺しにするのに、そう時間はかからなかった。死ぬ程度の出血量と傷の具合を勘で把握して、次のハンターへと飛びかかる。
遠くで、悲鳴や唸りが聞こえた。


「……っと」
大きなガラス窓を割って、建物内に入ったルイーゼは、着地後に自らに刺さったガラス片を確認した。
なかばパフォーマンスのつもりで、ふざけてやった行為だがなかなかいい調子で成功したようだ。摘出に面倒な、細かなガラスが埋まっている様子もない。
素早く包みを解き、倭刀の鞘を抜き放つ。
そうして構えようとしたまさにその時に、殺気を帯びた風がルイーゼの頬をかすめた。
「番犬にしては、子どもだな。小遣い稼ぎに乗り込む遊び場所は、ここじゃないぜ」
ナイフを構え男が言うが、きつい訛りのまじった、かろうじてドイツ語の圏内に入る喋りぶりだった。スイスか、はたまた、どこかの隣国か――。
「生きてちゃ、いけないんだ」
「ああ?」
「君は、わたしの姿を見た。駄目なんだ。わたしと、アンナを記憶に残す存在は……一人残らず、消す」
通じているのかは、定かではなかった。だが、『消す』という意思は伝わったらしく、二人は構え対峙した。
そう広い空間でもないが、十分倭刀で渡り合えるスペースがある。動きを最小限にし、位置取りを間違えなければ負けはない。
先に動いたのは男だった。
ナイフが、殺意の衝動に動かされルイーゼの命を狙う。倭刀で受け止めたが、ぎりぎりと力押しの勝負になり、擦るようにルイーゼの足が後退していく。
飛びのくように引いて、途切れなく次の行動を選択した。
倭刀を包んでいた布を二人の視界を覆うように投げ、ルイーゼは迷わず壁際へと斜めに走る。おそらく、気配で位置は知れていることだろう。
だが、構わない。無駄なく鍛え上げた力に導かれ、倭刀は攻撃を受け止めようと構えられた相手のナイフをたやすく吹き飛ばした。
勝負は決した。
袈裟懸けに切りつけると、男はよろけ、均衡を崩す。追撃を許してしまった男は、近づく殺気に息を呑む。
鳩尾へと入る蹴り。吹き飛ぶ方向から、頭蓋に向けて刀の柄が叩きつけられた。おそらく、男の意識はそこで終わってしまっただろう。
わななく間もなく、落ちる。深い、何よりも深い眠りに。目覚めない眠りは、男に永遠の安息を与える。
「……」
他に誰かが隠れている様子もない。床と壁が整備されているだけに過ぎないこの空間は、ほとんど使用されていないのだろう。
となると、階下が問題か。アンナ一人に任せているが、少々時間が経ちすぎている。万が一を考えて、一秒も無駄にせず降りるのが賢明だろう。


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴