小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

天上万華鏡 ~地獄編~

INDEX|22ページ/140ページ|

次のページ前のページ
 

 煉獄とは、地獄と天国の中間の階層である。地獄が罪人の住処、天国が天使の住処なのに対し、煉獄は、天使になっていない一般の霊が住む場所である。トロンとカミーユは天使になる前、煉獄に住んでいた。カミーユはその当時のことを言っているのである。
「策に溺れる? 策ではないよ。まさに一目瞭然だったろ? ハルっていう女が起こした奇跡を見ただろ?」
「ん? 二五七号室の罪人全てがクリアしたやつか?」
「ああ、本来、最後の一人になるまで殺し合いをして、勝ち残った奴だけが脱出できる残酷な地獄だって自慢していたじゃないか。それでも建前が必要だから、全員が互いの存在を尊重して圧縮を乗り越えようとした時もクリア条件にしたけど、まず無理だろうってね」
「ああ、そのおまけみたいな条件でクリアしたのは初めてだ。ある意味屈辱だな」
「屈辱とかそんなこと言っている場合じゃないぞ。よく考えてみろ。地獄に来るような存在が、人のために動いて他の奴らまで懐柔できるものか? そんなことあり得ないだろ? そんな希な奴が、誰が疑問に思うことなく当たり前にいる。これを利用できないかと思うわけだ」
「利用? 意味がよく分からないが……」
「まあ見てろ」
 そう言いながら、トロンは一枚のディスクを取り出した。そして、それを機械に設置すると、ボタンを押し、それを起動させた。
「おい待てよ! 二五五号室に流れるじゃないか。罰せられるのは俺だぜ?」
 慌てて止めようとするカミーユ。しかし、トロンはそれを制すと動じることなく様子を見守った。
「まあ見てみろ」
 ハルやマユがいた部屋の隣である二五五号室に、ハルの歌が流された。この歌は、ハルが二五六号室で罪人達を前に歌った様子を録音したものだった。当然、生の音声でないため、臨場感に欠けていたが、二五五号室の罪人達にはそれで十分だった。二五七号室で罪人全てを救い生きる希望を与えたように、録音された音声であっても同様の効果を得た。
 罪人達の目には生気が宿り、穏やかになってきた。しまいには、圧縮に対する絶望ではなく、それに立ち向かおうとする前向きな姿勢に変わっていったのである。程なくして圧縮が始まったが、その意志が衰えることなく持続したため、二五七号室と同じく、圧縮が途中で止み、祝福の言葉と共に、解放された。
「刑務官の馬鹿どもは、力でねじ伏せようとするばかり。それでは恐怖しか生まないよな? 服従させるには十分だが、更正はまず無理だ。そもそも刑務官達は更正しようと端っから思っていないみたいだが、更正させた方が実績としては認められるだろ?」
 トロンの言葉を呆然としながら聞くカミーユ。次第にトロンの言いたいことを理解していった。
「つまりは……このディスクを使って、他の刑務官がなし得なかったことを?」
「その通り、力に任せて有無も言わさずに服従させるという時代を終わらせないか? 俺等技官とハルが地獄を変えるんだ」
「俺等が……地獄を? 確かに天使訓では、天使は常に慈悲深くあるべしとか、天使の職務は救済にあるとか言っているもんな。お前の言う通り、服従よりも更正が天使訓の理念に沿う」
 天使訓とは、天使のあるべき姿を、時の現世文化省事務次官「イエス・キリスト」が定め、発令したものである。それが今でも法律と同様に天使達の行動の基準とされている。
 しかし、省庁によっては、それも形骸化してきている。特に検察官や刑務官を所轄する法務省ではその傾向が顕著で、トロンやカミーユが憂いている通り、慈悲よりも力が横行していた。
「天使訓の復権だ! 俺等がその一躍を担う!」
 そう息巻くトロンに比べ、そんな大層なことに巻き込んでほしくないと思っているカミーユは不快感をあらわにした。
「……でもなぁ……」
「なぁに、まずは、このディスクで片っ端から救済すればいいじゃないか。全てお前の手柄だ。こんなへんぴな場所で一人寂しく追いやられる生活からは脱出できるんじゃないか? うまくいけば三等刑務官になるのも夢じゃないぞ」
 カミーユは息を呑んだ。今までこのような壮大なことなんて考えたことがなかった。いや、そんな冒険をして自らの地位を棒に振るような馬鹿なことなんてするはずもないと思っていた。しかし、目の前に確実な成功がぶら下げられた。こんなチャンス滅多にない。これを逃したら次はないだろう。のるかそるか。カミーユにとって大きな決断だった。そんな迷いを見透かしているトロンは追い打ちをかける。
「分かった。昔のよしみで真っ先にお前に声かけたんだが、がっかりだ。隣の「第二圧縮管理事務所」にいるピュートルに話をもっていくとするか」
 そう言いながら、カミーユが持つディスクを取り上げようとした。しかし、それをカミーユはかわしたのだ。
「ちょっと待て……分かったよ。でも……俺の独断ではできない。係長の決裁を……」
「おい……俺等の上司は救済否定派だぞ? 力でねじ伏せることを否定するような方法を認めると思うか? 決裁が降りるはずないだろ?」
「……そうだな」
「結果が出れば誰も文句言えないさ。それとも上司が反対しそうなことをやることができないのか? そんな腑抜けよりもピュートルに……」
「分かったよ! やるよ! 俺が正義を体現するのだ!」
「そうだ! その意気だ! でも気をつけろよ。この計画に欠かせないこの罪人……ハルをどうしても嵌めたいという動きがありそうだ……あからさまに動くと潰されるぞ」
 それを聞いたカミーユは慌てふためいた。
「何? そんなこと初めに言えよ!」
「正義を貫くには、抵抗勢力を乗り越えなければならない……汝も天使ならそんなこと分かっておろうが」
「何かしこまってるんだよ。まあ危険覚悟だしな。今更だな。いいよ、やってやるよ。やり遂げたら俺ってヒーロー?」
 開き直って笑顔で話すカミーユにを見てニヤリと笑みを浮かべるトロンだった。
 時を同じくして、二人の男が不敵な笑みをこぼしていた。
「こっそりやっているつもりか? 筒抜けなんだよ。まあよい。暫く泳がせておいて一網打尽だな」
 一人は、刑事裁判局次長「カロル・ジンガ」そしてもう一人は
「奴の周りが騒がしくなってきたか。奴のメモリーデータの在処が分かるかもな。早々にコンタクト取らねば、消される可能性がある」
 そう、ハルのメモリーデータを探しているあの存在。三等検察官「ダニー・クルトン」だった。
 トロンの動きは、彼の正義を追究するためについた方便か。それとも、自らの利権を拡大するためにハルを利用しようとしているのか、それは彼しか分からないことだった。
 ハルによって魂を揺さぶらされたトロン・バッキン。そして彼によって激動の道を歩むことになったカミーユ・ロダン。彼等を取り込もうとするカロル・ジンガとダニー・クルトン。ハルとマユが圧縮地獄を脱出することで、地獄が大きく動きつつあった。
 圧縮地獄を脱出する扉をくぐったハルとマユ。その扉の奥は、虚無地獄を脱出する時と同じような豪華な内装が施された部屋にたどり着いた。
「マユちゃん〜この部屋、前も来たよね?」
 と言いながら振り返るハル。しかし、視線の先には誰もいなかった。
「あれ? マユちゃん? まさか、やっぱり残るって言わないよね?」