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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

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 そんなマユの心の変化が起きたのと同時にトロンの声が響き渡った。
「それでは更に問う。この場に留まってその誓いを叶えることはできるのか?」
「いいえ。ここを出ます」
 マユは自分の歩く道が見えた気がした。それ程トロンの言葉はマユにとって説得力のあるものだった。だからこそ、直前まで圧縮地獄に留まると決心していたにかかわらず、素直にトロンの申し出を受け入れることができたのであった。
「そういうこと。ハル〜ここから出ようか」
「うん」
 ハルとマユは同時に立ち上がり、ドアに向かって歩いて行った。
「マユちゃん。どんな誓いを立てたの?」
「それはね〜ん〜ハルと一緒に地獄を脱出すること」
「うん」
 うれしそうに頷くハル。しかし本当は違う誓いを立てていた。本当の誓いは地獄をハルと一緒に脱出し、更に天使になること。刑務官になって責め苦を味わわせるのではなく、生きる希望を与えること。ハルがやったように……
 マユにとって壮大な話だった。でも自分ならできると何故か確信していた。過去の自分に誇りをもち、更に自分の可能性に絶大の信頼をもっているマユならではの発想だった。
 誓いを立てたからには実現させなければならない。それに見合う苦難の道を歩まなければならない。しかし、三百年も平然と圧縮地獄にいた程である。どんな苦しみをも乗り越える自信があった。
「ハル、マユ、汝等二人がその荒んだ大地……正義が蔑まれ、不正が跋扈する穢れた大地に光が点されることを私は期待する。私は検察事務官という職を超え、汝等を見つめ育むことをここに宣言する」
 二人とも意味が十分に分からずに、呆然としながら首をかしげていた。しかし、何か自分達は祝福されている。そして、責め苦を味わわせることに終始していた天使なのに、このようなねぎらいの言葉をかけられることに驚きつつ、そんな天使もいるのだと胸を熱くしたのだった。
 トロンの声が聞こえなくなると、ハルはゆっくり立ち上がった。そして、マユに手を伸ばすと
「マユちゃん。いこ!」
 と声をかけて退室を促した。
「うん」
 そう言いながら勢いよく立つマユだった。
「そういや、タロットカード。新しいの作ったんだ」
「え〜いつの間に作ったの〜?」
「これって幻影だから、強く思うだけで作ることができるんだよ。細かく思ったらそれだけ細かい絵ができあがるからね〜細かく強く思うってなかなか難しいんだよ」
「そうなんだ〜ってまた……あんな絵なの?」
「フジョシな絵なのかってこと? う〜ん。今回だけ例外。だからハルが見ても大丈夫だよ!」
 そう言いながらハルに見せたカードは、「女司祭長」だった。その絵柄は、一人の女が歌を歌って男達を癒しているものだった。
「これ何か分かる?」
 女の絵を指しながらハルに聞いたが、ハルは首をかしげるばかりで答えることができなかった。
「分からないの? ハルだよ。私は殿方同士の秘め事が心の栄養なのに、女の子を作っちゃった。ハルだけ特別だぞ」
「え〜どうして作ってくれたの?」
「だって私にとってハルは特別な人になったんだもん。これって親友ってやつ?」
「うれしい!」
 思わずマユの腕に抱きつくハル。引っ込み思案のハルには考えられない行動だったが、マユだったら受け止めてくれると思うことができた。だからこそ躊躇なくできたのだ。出会って十分時間が経っていない。その内の一年は圧縮されていたのだ。しかし前世から出会っていると思ってしまうほどの親近感を感じていた。
 ハルとマユ。圧縮地獄の出口にあたる扉までお互いに笑顔で見つめ合いながら、何気ない雑談をしながら歩いていった。手をつなぎ、それ以上に心を結びつかせながら扉をくぐった。
 同刻、トロン・バッキンは、第三圧縮管理事務所のコントロールルームにいた。そこは、パソコンがところ狭しと置かれている以外に、様々なボタンやつまみがある操作盤が連なっていた。そして、視線よりも上の位置には、十個のモニターがかけられていた。それには、ハルやマユがいた圧縮地獄二五七号室だけでなく、他の部屋も映し出されていた。そんな機械で溢れる部屋に二人しかいなかった。トロンともう一人、トロンと同じぐらいの若者だった。
「なぁトロン。どうして検察官のお前がここにいるんだよ」
 怪訝な顔をしながらトロンと話すこの若者は、三十センチ程ある長いたばこを悠々とふかす金髪の白人だった。天使とは思えないほどに覇気がなく、だらしなく開いた口からは白い煙がとめどもなく吹き出していた。
「カミーユ、分かっただろ? この女は、そんじょそこらの罪人とは違う」
 熱っぽく語るトロンに対し、カミーユは、怪訝な顔を崩さずに、トロンの方を向いた。
「いや、だから、俺の質問に答えろよ。どうして検察官のお前がここにいるんだ? 検察官は、起訴したら終わりだろ? 後は俺たち刑務官に任せればいいじゃないか。お願いだから面倒ごとを持ち込むな」
「検察官じゃない。検察事務官だ。罪人を痛めつけることしか脳のないアホと一緒にしないでくれよ」
「どっちだって同じじゃないか。それに罪人を痛めつけることしか云々は俺に対する当てつけか? 刑務官は痛めつけることが役目だからな」
「痛めつけることもできない癖によく言うよ」
ため息つきながら言い放つトロン。その言葉通り、カミーユには殺気の欠片もなかった。
「俺は技官なんだよ。機械を動かすのが俺の役目。直接罪人達を痛めつけるマッチョじゃないよ。はぁ力あるものが偉いのか? みんなそう思うから技官はいつも見下され……」
 常に覇気のないカミーユだが、技官の不遇を語るときだけは興奮しながら話す。この性格をトロンはよく分かっていた。だからこそカミーユを挑発したのである。トロンはカミーユのお約束の反応を確認すると、全部聞き終わる前にそれを遮るように語り出した。
「それは俺も同じだ。力がないからコロポックルの水を通る罪人を機械的にチェックし送信するだけの役目しか与えられない。地獄は機械で溢れているというのに。それを扱えるのは技官だけだというのに力ある者だけが重用される。おかしいよな?」
「その通りだ!」
 カミーユの興奮は最高潮に達した。そのためか、トロンの周りにある機械全てが発光し、奇妙な機械音が響いた。
 カミーユは腕利きの技官である。彼一人で圧縮地獄のシステムを構築し、彼の指揮により圧縮地獄を設計し、建造した。それ程の腕がありながら、四等刑務官に甘んじていた。それは、天使採用の際、キャリアとして採用されなかったことと、カミーユ本人の言うとおり、相手を痛めつける力がなかったためである。刑務官や検察官など罪人と相対する天使は、職人的な技能や事務処理能力ではなく、罪人を押さえつける力が最優先されるのである。
 それ故に、カミーユやトロンはその特性に応じた待遇ではなかったのである。カミーユの覇気がないのもそのためである。
「だから、脳みそまでも筋肉でできているクソマッチョに一泡ふかせないか? そのためにここに来たんだよ」
「は〜お前って煉獄にいるときから、そんな胡散臭いこと言っていたよな? 策士、策に溺れるって言葉知ってるか?」