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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~地獄編~

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 引き返そうとするハル。しかし、元来た扉は固く閉じ、開こうとしてもピクリとも動かなかった。呆然と立ち尽くすハルに向かって、あの大きな声が響き渡った。
「罪人よ。椅子にかけ給え」
 虚無地獄の時と同じ言葉から問答が始まった。ハルは、マユのことを気にかけながらも、部屋の中央にあるひときわ豪華な椅子に腰をかけた。
「罪人よ。汝はここで、更に自らの存在意義を問うたはずだ。想像を絶する苦痛を耐え抜いてまでも存在するに足るか熟考したはずだ」
「はい」
「それでも、存在し続けるに足ると判断したのか?」
「存在し続けるに足るかどうかは……分かりません。でも、生きたいです!」
 部屋ばかりでなく、問いかけられた言葉まで同じだった。しかし、ハルの心中は全く違っていた。虚無地獄を脱出する時は、自らを極限まで否定しながらも、テンや歌によってぎりぎりのところで立ち上がるとができたにすぎない。少しでも傾けば、容易に折れ曲がるようなもろさがあった。
 でも今は違う。自分の歌で人を救うことができた。自分も人から必要とされた。そして何よりも親友のマユに出会い、友情を育むことができた。それ故に、「生きたい」と力強く思うことができるのである。
 自らを取るに足らない存在であり、ちっぽけなものであるという自己評価はそのままだったが、生きる意味は確実にあるのである。
 そんな気持ちがハルの言葉に如実に表れた。
「罪人よ。汝は世界から必要とされていない。むしろ世界を穢す存在だ。汝がいくら生きたいと願ったところで、それは世界のためにはならないのではないのか? それでも自己本位に生きたいと言うのか?」
 ハルはこの言葉を聞いて途端に口をつぐんでしまった。確かにそうだ。いくら自分が生きたいと思ったところで、それで人に迷惑をかけることになってしまってはどうしようもない。やっぱり自分は存在しないほうがいいのか……そんな思いが頭をかすめてしまった。
 しかし、同時に、圧縮地獄での出来事を思い出した。あのとき、自分なんかをみんな大事にしてくれた。自らの存在を消そうとしていた者達が思いとどまり生きる希望を見いだしてくれた。ハルは、この現象を自分の力によるものだと思っていなかった。あくまでも本人たちの頑張りだと。しかし、それの手伝いができたことを誇りとした。
 だから、今はちっぽけな存在かもしれない。でもいずれは……という思いから、
「いつか、皆さんを救うことができるように……頑張ります。だから存在することをどうか許してください」
 と、声を震わせながらもはっきりとした口調で言うことができた。
「それは私が決めることではない。汝がその良心に従って判断することである。返答は如何に」
「私は……これからも存在し続けます!」
 自分自身をそれほど評価していないハルにとって、この宣言は意味のあることだった。これから自分が納得するほど人を救い、世界から存在を認められるようになると覚悟を決めることになるからである。
 その覚悟を声の主は読み取ったのか
「汝の返事、しかと承知した。汝が存在することで世界が潤うことになるか否か、これからも振る舞いにかかっているだろう。ここを脱出したことに慢心せず、常に精進すべし」
「ありがとうございます」
 声の主から認められた。またもや祝福を受けたことにハルはうれしくなって、力一杯お辞儀をした。
 この声は、圧縮地獄の時と同じ声。何だか、この声の主から見守られているような気持ちになった。どんな顔をしている人なのだろうかと思いを馳せながら、例の如く頭上から照らされる光に目を奪われた。
 その光の正体は見覚えのあるものだった。
 記憶を取り戻すための円形ディスクである。
「この地獄を乗り越えた褒美である。汝の頭部に挿入せよ」
 ハルはこの言葉を待っていた。ディスクを入れる時に感じる頭部に異物が入るような違和感は不快だが、それを引き替えに大事な記憶が蘇るのである。どんな記憶が蘇るのか期待で胸が躍った。
 しかし、ディスクを頭部に入れる直前になって、蘇る記憶が心を痛めるような嫌なものかもしれないという思いが頭をかすめた。ハルは一瞬、ディスクを挿入する手を止めたが、意を決して頭部に差し込んだ。嫌な記憶でも構わない。精一杯生きた人生だったら何も恥じることはない。これは自らの生き方に誇りをもって毅然とした眼差しをしていたマユから学んだことだった。
――――キュルキュルキュル
 音を立てながら入っていくディスク。暫くすると、ハルの脳裏に映像が映ってきた。
 そこは、森の中の湖。夕焼けに照らされた湖は深紅に染まっていた。その湖畔にハルと一人の軍人がいた。ハルは、映像からこの軍人の姿を凝視したが、顔の部分が影になっており、全く見えなかった。
 顔は全く分からないが、その軍人は親しげにハルに話しかけている。キラキラと反射する湖の水面をバックに二人は将来を語った。
 軍人は戦地に旅立っていくという。それを悲しみの眼で見つめるハル。しかし、その言葉の直後、軍人は、こう言った。
「帰還した暁には……夫婦になっていただけませんか? 私はあなたを命懸けで守っていきたい。その資格があるならば、決して死ぬことなくあなたの元に帰ってくることができると確信します。私はあなたがいて強くなることができる。それを証明したい」
 この言葉を不安と感動の中で、涙を流しながら聞くハル。そしてその思いを晴らすかの如く軍人に語り始めた。
「……様……あなたは私のために生きて帰ると言われました。なら、私も申しましょう。軍人の妻として、あなたのためでしたら、いつでもこの身を捧げましょう。いくらこの身が裂かれても、あなたのために捧げることをお誓い申し上げます」
 ここで映像が途切れた。この軍人が何という名前でどんな顔をしているか分からない。映像を注視しても、そこだけぼやけてしまっている。今の状態では思い出せないようになっているのか分からない。
 ハルはこの軍人に対して思いが募るにつれ、この軍人のことを知りたくて仕方がなくなった。しかし、生前、そこまで愛し合った相手がいるというのは、とてもうれしいことだった。前回のディスクの内容と総合すると、この愛すべき軍人のために死を選んだことになる。自殺することがこの世界で許されることでないとしても、ハルにとって、納得のいく理由だった。
 軍人との記憶に思いを馳せ、余韻を楽しんでいると、更なる映像がハルの脳裏に流れてきた。ディスクに入っていた記憶は軍人との思い出だけでないようである。
 目の前は、豪華な調度品が並べられている豪邸。ハルは長いテーブルの先に座っていた。反対側には、褐色の顔に銀髪のオールバックをしている男が座っている。ハルが生きていた昭和の日本には似つかわしくない風貌のこの男は、別室にハルを招きつつ、取引を持ちかけた。
 この別室には、体中に管を挿入され、魂エネルギーを吸い尽くされている憐れな霊がところ狭しと並べられていた。この憐れな霊達は、エネルギーを吸い取られる激痛からか、狂わんばかりの叫び声を上げており、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
 この男のハルに対する要求は、これらの憐れな霊を救いたければ、神器「神仙鏡」を奪うということだった。