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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~地獄編~

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第5章「流星の煌めき」



 一向に動き出そうとしなかったのはマユだった。歓喜に震える罪人達とは対照的に、思い詰めたような目をしながら俯いていた。
 ハルは、喜び勇んで扉に向かっている罪人達を微笑みながら見送ると、ふとマユに目をやった。深刻な表情を読み取ったハルは、マユの元に駆け寄り、心配げに声をかけた。
「マユちゃん? 出よう?」
「私……ここに残る……」
「どうして?」
 ハルにはここに留まる理由が分からなかった。
「だって……私……ここで、たくさんの人を消してきたんだよ? 怖がらせて消えたいと思わせて……あそこで……みんなことを考えるハルとは違うの」
「マユちゃん……」
「早く行きなよ! ハルの側にいると惨めになる……辛いの! ハルを見ると。だから早く行って!」
 マユは傷ついている。強がっているだけで本当は立っているだけでやっとだろう。ハルは、そんなマユを見て、たまらなく悲しくなった。
 ハルは、そっとマユの側に近づき、静かに抱いた。思わぬハルの行動にマユは体を硬くしたが、ハルのぬくもりを感じると、徐々に体の力が抜けてきた。緊張が抜けたことで、マユの目から止めどもなく涙が流れてきた。
 ハルは、マユの頭を撫でながら更に強くマユを抱きしめた。自分も以前こうやって慰められた。そんな思いを巡らせながら……
「私もここに残る」
 マユははっとしてハルを突き飛ばした。
「駄目じゃん! 何で? ここからみんなが出られるようになったのはハルのお陰でしょ? そのハルが出なくてどうするの!」
「いいの! 私はマユちゃんと一緒にいたいの!」
 動きを止めていた壁は元の位置に戻っていた。また、時間を示すデジタル時計の数値がリセットされ、0になっていた。そして、あのあのアナウンスが流れてきた。
「ここは、圧縮地獄二五七号室である。これより圧縮を開始する。圧縮が完了するまで三十分、圧縮維持に一年、圧縮から解放され、体の復元に約一時間。合計一年と一時間三十分激痛に耐えよ」
「いいの? 本当に」
 床にしゃがみ込んだマユは、下を向いたままハルに問いかけた。ハルは、マユの横に並んで座り、手を握りながら呟いた。
「うん。マユちゃんは友達だもん」
 それを聞いたマユはゆっくり顔を上げてハルを見つめた。その顔からは悲しみが消えていた。元の明るいマユに戻ったのである。元気になったマユを見て、ハルはホッと胸を撫で下ろした。
「そういえば、マユちゃんここに三百年いたってホント?」
「そうだよ〜というか、ほとんど圧縮されていたから、自由に動けたのはほんの少しだけどね」
「マユちゃんが生きていたのは大昔なんだ……」
「言ったでしょ? 魔女狩りだって……そんなの大昔だからあり得たことだよね。無茶苦茶だし……って大昔ってなんだよ〜まるで化石みたいな言い方して〜」
 圧縮地獄を脱出することよりもお互いの友情を大切にする。何気ない会話は友情を育むのにうってつけだった。もうすぐ圧縮が始まる。耐えられない痛みがすぐ底まで迫っているのに、二人は気にせずに会話を続けた。恐怖よりも友情で結びついている満足感の方が勝っていた。
「ふふっごめん。でも、三百年前の人とこうやって話をしているって不思議だなあ」
「ああ、よく言われる。でも私からしたら、私が生きた三百年後の人と話をしているということも不思議な事なんだよ? それよりも、ハルはどこの国の人なのよ」
「言ってなかったかな? 私、日本人だよ」
「日本? ってどこ?」
 マユは日本を知らなかった。それもそのはずである。マユが生きたのはルネサンス期である。大航海時代が到来したからといっても東洋は航路が十分に開拓されていない未開の地。当然当時のスコットランドで日本の情報が入るはずもなかった。しかし、マユは貴族である。書物による教養は少なからずあった。
「もしかしてジパング? 黄金の国……東方見聞録に書いてあった伝説の国……」
「ジ……ジパング? 東方見聞録?……ああ……そうそれ」
 女学校で学んだ世界史の記憶。それがかろうじて残っていた。しかし、世界史で学んだことがこんなことで役に立つとは思いも寄らなかった。
「やっぱり? すごーい。ジパングって空想の国だと思っていたんだけど、本当にあるんだね〜」
「いや……でも……黄金の国じゃないよ」
「うそ〜もういろんな建物が金ぴかでまぶしすぎるって噂だったよ。だからジパング人はみんな目が悪いって……」
「……それ嘘だよ……金ぴかって……金閣寺ぐらいしか……」
「もしかして金ぴかのお寺? すごーーーーーい!!」
「何か誤解されている……」
「何か私興奮してきた。ジパング人に会うなんて! ……ということは、ジパング人はみんなハルのように優しいわけ? 伝説の国の人だから、あんな奇跡を起こすの?」
 何か更に誤解されている。でも、日本人は優しい人が多いと言われているようでうれしくなった。そう思った時ふとある疑問が脳裏をよぎった。
「マユちゃん? 私は日本人。マユちゃんはスコットランド人。言葉違うのにどうしておしゃべりできるの? マユちゃんてば、日本語知らないでしょ? 私も英語喋れないよ?」
「日本人? ああジパングのことね。ん〜私もそう思ったことあったんだよね。何かロシアの人が言っていたんだけど、私達死んだでしょ? だから体がなくなって心だけになっているんだよね。だから、心で伝えたいと思ったことが直接伝わるんだって。だから何語とかそういうの関係ないらしいよ」
「なるほど……でも凄いね」
「なんで?」
「だってそうでしょ? 生まれた場所も生まれた時代も違うのに、こうやって話しているんだから」
 時代や国を超えた結びつきを果たしたハルとマユ。改めてその奇跡的な出会いに思いを馳せる二人だった。
「圧縮をスタートする。激痛に耐え、解放される時を待て」
 いよいよ壁が近づいてきた。それを見た二人は動じることなく、会話を続けていた。
「そろそろ圧縮が始まっちゃうね。続きは一年後だね」
「うん」
 二人は手をつないで、圧縮の時を待った。しかし、一向に圧縮されない。壁が途中で止まったからである。
 異変に首をかしげる二人。直後にスピーカーから聞き慣れない男の声が聞こえてきた。
「私の名は四等検察事務官、トロン・バッキンである。汝等の会話や行動を全て見せてもらった。マユ、汝は圧縮地獄での振る舞いに責任を感じ、その償いをしようとしているのであろう?」
「あ……はい」
「その責任の取り方は正しいのか?」
「はい。私には今ここを出る資格はありません」
「いや間違っている。ここで苦しむことで独りよがりに責任をとったつもりになるのか? それで誰が幸福になるというのだ」
「それは……」
 途端に何も言えなくなった。まさにトロンの言うとおりだったからである。
「だったら、ここで誓いを立てよ。それにより汝が消滅に追い込んだ存在に対する弔いとせよ」
「分かりました……」
 マユは誓いの内容を語らなかったが、マユは確かに誓いを立てた。その誓いによりマユの罪悪感を覆い隠すことができるのかマユ自身にも分からないことだった。ただ、少なからず前向きに考えることができるようになったことは確かである。