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まつやちかこ
まつやちかこ
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恋愛風景(第1話~第7話+α)

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4.月の夜、夕映えの部屋:Twitterお題シリーズ.2



(Twitter診断ツール「恋愛お題ったー」によるお題:10.8.5分
 ⇒「夕方の部屋」で登場人物が「再会する」、
  「月」という単語を使ったお話を考えて下さい。 」)

 私の部屋の窓は西向き。だから夕方には夕日がよく見える。
 ちょうど周りの家々の間にできた空間が正面で、山の向こうに赤い太陽が、今日もゆっくり沈んでいく。
 20年以上見続けたこの風景とももうすぐお別れだなと考えた時、ドアがノックされた。はい、と応えた声に返る言葉はないまま、ドアが開く。
 現れた姿に目を見開いた。
 「……久しぶり」
 遠慮がちな表情と声。年数は経ているけど面影はちゃんとある。
 「——どうしたの」
 「今、帰ってきてて。土産持って来たらおばさんが茶飲んでけって。で、もうすぐ夕飯だっていうから」
 つまり呼びに来たらしい。
 「母さん、手伝えって言ってた?」
 「ん、まあ。花嫁修業の最終仕上げだとかで、妙に張り切ってる感じ」
 「うわあ、勘弁してほしいなあ」
 お互いにちょっと笑って、少しの沈黙。
 破ったのは彼の方から。
 「結婚、するんだって」
 「うん、来週」
 「そっか。……式は、出られないけど」
 「知ってる、聞いた」
 「おめでとう」
 「ありがとう」
 家が隣同士の彼とは年も同じで、必然的に同じ幼稚園と学校の同学年。
 とはいえ、小学校低学年を境に、それ以前のようにしょっちゅう一緒にいたりすることはなくなって、お互いに同性の友達との付き合いが中心になった。周りも、そして私と彼自身も長いこと、単なる幼なじみという認識でいた。
 その認識が変わり始めたのは高校1年の冬。
 期末試験の勉強をしていた夜、窓を叩く音に顔を上げたら、ノートと教科書を抱えた彼がいた。お互いの部屋は屋根伝いに行き来できて、子供の頃はよく訪ね合っていたけど、中学に入る前後にはそんなこともなくなっていた。だから本当に驚いた。
 慌てて開けた窓から、高く上った月を背によいしょと入ってきた彼。
 『数学教えてもらおうと思って。得意だったよな』
 『——なんでいきなり』
 『だってわかんない問題に当たったのが今だから。一番近いとこに聞くのが早道だろ』
 『私はフリーダイヤルの問合せ先か』
 『その代わり、英語は頼っていいから』
 確かに彼は英語が非常に得意だった。そういう交換条件で、深夜の勉強会が始まった。
 夜11時頃にやって来て0時半か1時頃には自分の部屋に戻っていく。うちの両親は早寝で眠りが深いから大声や大きな音を出さなければ起きない。
 二人だけの勉強会は次の試験の時も、2年になってからも続いた。
 そのうち試験に関係なく、同じ時間帯に時々来るようになった。
 口実は暇だからとか眠れないとか、時には相談があると言いながら話すのは他愛ない内容がほとんど。ある夜いつものように話している時、気づいたらキスされていた。
 『好きだ』
 抱きしめられて囁かれた彼の告白を、私は抵抗なく受け入れた。
 それからは毎晩のように会った。学校でも家でも態度は全く変えず、帰りや休日にデートするわけでもないから誰にも気づかれなかった。
 私の部屋での数時間が唯一の逢瀬で、それだけで満足していた。話をして、肩を寄せて抱き合って。朝まで一緒にいたことも何度かある。
 知っていたのは窓の外の月だけ。
 誰も知らない関係は、誰にも知られないうちに終わった。
 進路とか別の人との噂とか、他にも理由はあったと思うけど、どれも決定打ではなかった。たぶん、お互いが別の人間であると本当にはわかっていなくて、相手の知らない部分を許せなかったのだ。
 最後に喧嘩した夜以降、二度と彼は訪ねて来なかった。
 以来、東京の大学に入った彼と会ったのは数えるほどで、挨拶以上に話したこともほとんどない。
 特に卒業後は、得意の英語を活かし外資系企業に入社した彼が、すぐにアメリカへ行ったから。相当忙しいらしく『里帰りもしないのよ』とおばさんを嘆かせていた。
 だから、今日が数年ぶりの再会。
 「明後日には帰るんでしょ。家でゆっくりしてなくていいの」
 「いや、母親が『結婚式に出ないんだから今挨拶してこい』って。さんざん世話になったんだから礼ぐらいちゃんと言えってさ」
 「あ、そう。じゃ遠慮なくお礼してもらおうかな」
 わざと偉そうに返したら、彼は「えー」と呟き苦笑いを浮かべた。
 その表情がふいにあらたまる。
 「彼氏、いい奴?」
 「ん、すごく。私にはもったいないって親にも言われた」
 結婚相手は会社の1年後輩で、申込みは向こうから。最初は特別に思っていなかったけど、会った時から年齢以上に落ち着いた人で、その穏やかさにいつの間にか惹かれていた。
 「そっちは彼女いないの」
 「ちょっと前までいたけど今はフリー」
 「へえ、やっぱアメリカ人?」
 「いや、取引先で会った日本人」
 その時、階下から呼ぶ母の声が聞こえた。
 「やば、怒られる」
 座っていたベッドから立ち上がり、ドアを開け放したまま立っている彼の脇をすり抜けようとした時、手を取られた。
 振り向いた目と鼻の先に、彼の顔。
 「あの時はごめん」
 ちゃんと謝らなくて、と続いた声は少しかすれていた。
 途端に、10年前に心が引き戻されるような感覚。思い返すと今でもせつなくなる時はあるけど、泣きたいぐらいに懐かしい、大切だった時間。
 「ううん、私も意地っ張りだったから。ごめんね」
 気持ちをうまく表現できなくて、たくさん傷つけた。
 それでもあの頃、確かに彼が好きだった。誰よりも好きだった。
 懐かしい温もりと10年越しの言葉に、心のしこりが溶けていく。
 手を放さないまま、彼は私の先に立って階段へ向かう。
 こんなふうに彼と手をつないで歩くのは、きっと今日が最初で最後だ。