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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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恋愛風景(第1話~第7話+α)

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5.観覧車の彼女:Twitterお題シリーズ.3



(Twitter診断ツール「恋愛お題ったー」によるお題:10.8.6分
 ⇒「早朝の遊園地」で登場人物が「笑い合う」、
  「缶コーヒー」という単語を使ったお話を考えて下さい。」)

 今日も暑い。例年にない猛暑だとかで、連日朝から30度超えである。
 今朝は風があっていくぶんマシとはいえ、外にいるとやはり汗が流れてくる。
 昼間にはどれだけ気温が上がるのだろうと憂鬱になりながら、運転開始のボタンを押す。モーターが動く音がして、そばの観覧車がゆっくりと回転を始めた。
 地元の古い遊園地。
 ここでのバイトは去年に続いて2年目。担当する遊具も同じだ。
 絶叫マシーンメインの他の園に比べるとしょぼいけど、それでもそこそこ来場者はいて、子供連れの家族や友達グループ、カップルと様々。そして観覧車に乗る顔ぶれは、子供連れとカップルがだいたい半々ぐらいだ。
 立場的にはあまり良くないが、やはりつい観察はしてしまう。特に夏休みは実にいろんな奴らがいる。
 暑い暑いと言いながらくっつき合っているのは可愛い方で、たった15分でラブシーンに没頭して一周しても気づかずにいたり。おまえら周りや他人の子供にちょっとは配慮しろ、と思うほどである。
 まあ正直に言えば、若干のひがみが入っていることは否めない。彼女募集中の身で、女の子と観覧車に乗ったことなんてないから。
 毎日接していながら体験したことがない、というのはありがちだけど、こういう場所だと時々ずっしりと落ち込んだりもする。
 「おはよう」
 その時、階段の下から声がした。我に返って、いくらか焦りつつ下を見る。
 清掃担当の制服を着た女性が手を振っていた。彼女の微笑みに、やや緊張しながら挨拶を返し、笑い合う。
 園内を掃除する女性の中で彼女は格段に若い。自分よりは年上だけど、他は50代以上の中で20代前半だから、その年齢差はやはり際立つ。
 彼女がここを通る時の挨拶と短い会話は、毎朝の習慣で個人的な楽しみだった。
 「今日も暑いねえ、大変でしょ誘導係」
 「いえ、そっちこそ、この後仕事いくつあるんですか」
 「2つ。レストランと塾講」
 バイトを4つ掛け持ちする彼女は、そうして学費と生活費を稼ぎながらデザイン学校に通っている。親の薦めた就職を蹴って再進学したから、援助は全くないのだという。
 ここの清掃バイトを選んだのは『授業が始まる前で学校に近いから』だと言っていた。
 それだけ頑張れる目標がある彼女を羨ましいと思うし、すごいとも思う。
 「今日の観覧車のご機嫌はどう?」
 「あ、いつも通りですよ。問題なし」
 「そりゃ何より」
 と言って彼女はホイールを見上げる。
 「ここ来て結構経つけど、1回も乗ったことないんだよねえ。まあそんな暇もないんだけど、相手もいないし」
 「じゃあ乗りませんか、今」
 「え?」
 きょとんとした反応に、自分が何を口走ったかに気づいて内心焦るが、今さら後には引けない。
 「えと、15分で済みますから、息抜きにちょっと。他の奴ら10分前まで来ないですし、その、海がよく見えるって、いや俺も乗ったことないんですけど、あの」
 制御室に頭と手を突っ込んで、
 「これ、さっき買ったとこで冷えてますから」
 置いてあった缶コーヒーを見せると、彼女はついに吹き出した。
 「それだけ薦められたら乗らないわけにいかないなあ」
 と言いながら階段を上がってくる。これよろしく、と箒と塵取りをこちらに預け、代わりに缶コーヒーを受け取る。
 降りてきた一台の扉を開けて乗せた。鍵を閉めると、彼女はとても楽しそうに手を振った。角度がついて見えなくなるまでそうしていた。
 15分後、彼女ははしゃぎながら外へ出てきた。
 「ほんと、海がよく見えるね。晴れてるからすごいきれいだった、ありがとね」
 にこにこと箒と塵取りを手に取る彼女が、年上なのに可愛く思える。いつも以上に。
 言いたいことがあるけど勇気が出せない。
 「次は一緒に乗らない?」
 そう言ったのは彼女の口だった。一瞬ぽかんとしたところに、
 「乗ったことないって言ったでしょ。今日のお礼に、1日デート」
 と続けられ、狼狽した。……えええ?
 信じられなくて、バレバレだったのだろうかと思うと恥ずかしくて、でも嬉しくて、だけどやっぱり嘘みたいで。
 「日にちは都合つけるよ。あ、でもキスまでね?」
 絶句している間に彼女は階段を下りて、振り返らずに行ってしまう。
 ……今のは何だったんだろう。
 現実に起きたことなのか、もしかして白昼夢だったのか。
 去る間際に彼女が見せたいたずらっぽい笑みが頭の中でぐるぐる回っている。とてもじゃないけど今日は仕事に集中できそうにない。