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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~現世編~

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第二章「将校仁木龍生」



「あなたは自殺しましたね?」
「え?」
「見れば分かりますよ。」
 なおも仁木はこの言葉を繰り返す。やっとまともな言葉を聞いた。やっとまともな人に会ったと春江は安堵した。
 異形なる者に囲まれながら不安に襲われていた春江には、救いの言葉に聞こえたのである。
 しかし、その直後、どうしてこの軍人は、自分が自殺したことを言い当てたのか不思議に思った。それに、まともに見えるだけで仁木を信用していいのか判断できずにいた。
 どうして自分に声をかけたのか……過酷な運命を受け入れ、常識ではとらえられない体験をしたばかりの春江には、仁木の何ともない言葉にさえ疑念を抱いた。
 親切そうに語りかけているこの軍人は、何か自分を陥れようとしているのではないか。さっきの蜘蛛男のように自分を襲おうとするのではないのか。そんな恐れをもつ。
「どうして私が自殺したって分かったんですか?」
「同じ匂いがするのです」
「臭うの?」
 春江ははっとして自分の体をくんくん臭った。
「いや……物のたとえです。直感で分かるという意味で……」
 自分がどうして自殺したのか分かったのか。その理由は即座に理解できるものではなかった。しかし、更に質問することによってその謎を解明しようと思わなかった。それよりも知りたい疑問。それをぶつけることに意識が向いた。
「どうして?」
「だから同じ臭いが……」
「そうじゃなくて、どうして私に声をかけたんですか?」
 なるほど、大事なことを話さずに事を進めようとしてしまった。仁木は、そう反省しつつ話し始めた。
「そういう意味ですか。私も自殺をしてここにいるのです。自殺をしてしまうと、大変な目にあってしまいます。だから、自殺したばかりのあなたの事を放っておくことができなかったのです」
「あなたも自殺したんですか?」
 自分と同じ境遇であると知った春江は思わず口に出した。
 この軍人も自殺をしたのだ。自分と状況や原因が違うにしろ、同じ自殺なのだ。仁木の意外な言葉に春江は身を乗り出した。
「はい。正しくは自刃です」
「切腹ですか?」
「そうですね」
 そうだ。軍人には切腹がある。庄次郎も生粋の軍人。庄次郎が出征している間、敵から殺されることとは別に、切腹による死もあると心配していた日々を思い出した。
 仁木は更に言葉を続ける。
「私は、明治天皇の元、官軍の将校として従軍していました」
「明治天皇? 何十年も前ではないですか!」
「はい。そうです。何十年もここにいます。大政を奉還した後、天皇陛下の下、新しい時代が来たのです。ですが、それを快く思わない輩も多くいた。薩摩を中心とした一派が反乱を企てたのです。それを鎮圧するために私は出陣しました。戦そのものは官軍が優勢だったのですが、私の隊はそうではなかったんですよ。敵に囲まれ、もはやこれまでという状況だった。かくなる上は自刃だと、部下に介錯を頼み、自刃しました」
 絵に描いたような武人の最後。戦を生業とする男は、必ずこういう死を遂げるのかと、虚しい気持ちになりながら、春江は聞いていた。
 しかし引っかかることがある。この軍人が死んだのは数十年前のことである。じゃあどうして天国に行かず、ここにいるのか。死んだら天国に行けるものだと思っていた春江にとって仁木の存在はおかしなものだった。
「兵隊さんがここで何をしているんですか? 死んだんでしょ? 早く天国に行かないと……」
「行けないんです」
「え? ……あ……未練があるんですね?私にはないけど。」
「違います。自殺したら……成仏できないんです……」
 衝撃的な事実だった。自分はもう天国に行けない。仁木と同じように、ずっとここに居続けなければならない。あてもなく、生きる目的もなく、ただ惰性に存在し続けなければならないのである。
 そう頭によぎった瞬間、即座にそれを否定した。そんなはずはない。この軍人が嘘をついているのだ。きっとそうだ。そう思わないと自分を保つことができなかった。
「嘘よ……」
「嘘ではありません」
「嘘よ………」
「だから、嘘では……」
 仁木の言葉を遮るように春江が叫ぶ。
「嘘に決まっている! 成仏できないのは、未練がある人だけだって!」
「確かに未練がある人も土地に縛られて動けなくなります。でも自分で死ぬのはそれ以上に辛い運命が待ち受けています」
 仁木は春江がこのように反応するのは分かっていた。
 誰しも自殺した後、自分の身に降りかかる過酷な状況に絶望する。その絶望が気の遠くなる期間持続することにより原型をとどめない程、精神を変質させる。この変質が姿となって反映するのである。
 幽体は肉体とは違い精神体である。精神の状況が即座に反映されるのである。異形なるものが溢れていたのは、この圧倒的な絶望感によるものなのである。
 だからこそ、春江を異形に落としたくないと思った仁木は、非常な現実をつきつけながらも、それ以上の支援をしようとしているのである。しかしその思いは春江に届くはずもなく仁木に対する不信感につながった。
――――自殺は罪である。
 これは生きている人間に伝えられないものである。

――――――――――――――――――――――――

転生管理法第二十四条第一項

現世における自殺はいかなる理由があろうとも罪である。
爵位、称号、位階にかかわらず適用されるものとする。

――――――――――――――――――――――――

 春江は気付かないまま、この法に触れたのである。この事実を伝えなければならないと察した仁木は、その後、春江がどれだけ取り乱すだろうかと危惧しながらも口を開いた。
「人は死んだ後、自殺審査が行われます。丸い輪っかをくぐり抜けた後、色んな光線が体中に与えられたでしょ? あれです」
 春江は、訳も分からずに過ごした死後の不思議な体験を思い出していた。
「はい……覚えています」
「あの光で、自殺したかどうか審査されるんです」
 春江は、あの光にそんな意味があったのかと思うと同時に、自殺しているかどうかという事実が、死後の世界において、そこまで重要視されるのかと不安になった。
「自殺していないと判断されたら、保護観察官と言われる人間を霊的な脅威から守ったり、よりよく導いたりするために存在する者。俗に言う守護霊と出会い、成仏するための導きを受けます」
 だったら、自分もその保護観察官に出会い、導いてもらわねばと思った春江だが、次に出た仁木の言葉にその願いは打ち砕かれた。
「でも、自殺したら、その保護観察官は現れないんですよ。死ぬまでは導いてくれても、守護した人間に自殺させたという責任を負わされ、担当を外されるんです。つまり……自殺した人は、誰からも導かれない……自力でも成仏できない。それが自殺者に対する断罪……」
「嘘よ。兵隊さん。あなたは私を騙そうとしてる。そうよ。きっとそうよ。そうに決まっている。絶対そうだ」
 春江は仁木を否定することによって自分を保とうとしていた。春江は呪文のように、
「嘘よ……嘘よ……」
 と呟いた。本能では仁木の言葉を信じている。しかし表層意識がそれを無理矢理否定する。そうしないと春江は立ち上がれない。だから必死だった。
「嘘ではありません」