小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

天上万華鏡 ~現世編~

INDEX|43ページ/49ページ|

次のページ前のページ
 

第九章「親子の絆」



 春江は、浜辺の奥の防砂林に転送された。目の前には仁木がいる。どうやら、ベリーは仁木目がけて転送したようだ。
 仁木は春江を見つけ、すぐに駆け寄った。
「春江! 無事でしたか!」
「はい……」
「ベリー様は?」
 春江は黙って首を横に振った。
「ベリー様は……駄目だったか……」
 春江の瞳から涙が止めどもなく流れてきた。そして、ふらふらにながら、仁木の胸に倒れてしまった。
 神仙鏡を奪ってから今まで、春江にとって耐え難い事ばかりだった。皆が自分の目の前で墜ちていった。それも自分を守るためにである。
 人を救うために天使を志した。人を救うために神仙鏡を持ち出した。しかし結果はどうだろうか? 自分のせいでみんなが地獄行きだ……
 これまでにない激痛が春江の体を、そして心を突き抜けていった。自分は存在しては駄目なんだ。自分が皆を不幸にさせる。自分は消えるべきだった。成仏できないと悟ったあの時に。心が折れて、何もかもやる気をなくしたあの時に。
 春江は強烈な自己否定に走っていった。春江のために墜ちていった者たちの最後をフラッシュバックさせながら、現世に残り、無事でいる自分を呪った。
 そうやって自分を壊そうとしたが、それでもなお自分は紛れもなく存在する。その矛盾が更に春江を苦しめた。
 仁木は、春江の様子を眺めながら、春江の心中を察し、温かく包み込むように、強く抱きしめた。
 春江にとっては、自分を卑下し、その存在は害悪だとも思い始めた矢先のことだった。それだけに、仁木の愛情は、痛いほどに染み渡っていった。
 春江は、仁木にすがり、ほとばしる感情を涙に変えて流し続けた。声を立てて泣く春江を、仁木は黙って受け止め、背中を優しくさすった。
 暫し沈黙の後、仁木がゆっくりと口を開いた。
「春江。後悔しているでしょ?」
 自分の気持ちを分かってくれている。そんな気持ちが春江を素直にさせる。細かく何度も頷きながら、涙を流した。
「はい……私のせいでベリー様や皆さんが……」
 何度も何度も心の中で呟いていた言葉を口にした。口にしたのは初めてだが、仁木には分かっていた。きっと自分のために地獄に堕ちた人たちのことを考えていると。
「駄目です。後悔してはいけません」
「え?」
 春江にとって予想外の返答だった。誰の目にも、自分のせいで地獄に堕ちたのは明らかだ。それを後悔したり悔やんだりしてはいけないのはどういうことか。しくしくと泣いていた春江は、嗚咽をやめ、目を見開いて仁木を見つめた。
「みんなあなたのために犠牲になった。でも、誰ひとりそれを悔やんでいませんよ」
「そんなこと……分からないじゃないですか!」
「いいえ。皆、春江に笑顔を投げかけながら墜ちていったはずです。そうでしょ?」
「…………」
 確かにそうだった。笠木にしてもべりーにしても、これから地獄に行くというのに、悲愴感の欠片もなかった。それどころか至福の笑みを浮かべて墜ちていった。春江は悲しみに包まれながらも、疑問に思ったものだった。
「人のために自分が犠牲になる……これは愛なのです」
「愛?」
「そう、あなたに対する愛」
「…………」
「それが皆さんの望みだったのです。願いだったのです。あなたはそれを受け入れなければならないんです。それが彼らの愛に報いることなんです」
「どうして私なんか? ……私なんかを!」
 自分は取るに足りない存在だ。それどころか、皆を地獄に堕としてしまった。愛を注がれる資格なんてない。そう思い自己否定に走る春江に、仁木は更なる言葉を続けた。
「それだけあなたはみんなに愛を降り注いだ。それだけあなたはみんなを助けた。だからあなたは捕まってはいけないんだ。それがみんなの願いなんです。自分を犠牲にしてまでも守りたいものなんです。次は私が……」
 次は仁木が犠牲になろうとしている。これ以上自分の大切な人が墜ちていくのは耐えられなかった。
「駄目です! 駄目ですお父様!」
 春江は仁木の袖を力一杯つかみ、自分の側から離れないようにした。仁木も春江の気持ちが分かっていた。自分のために誰かが犠牲になることを嫌うだろう。しかし、春江の気持ちに沿った選択をしていたら、逆に春江が地獄に行くことになる。それだけは絶対に避けなければならなかった。
 どうすればよいだろうか。と、迷っている隙に春江の言葉が耳に入った。
「お父様……私のわがまま聞いていただけますか?」
 春江は決して自分のために行動しない。それだけにこの提案は意外なものだった。
「はい。何ですか?」
「もう少し、このままでいさせていただけませんか?」
 春江は、仁木の胸に顔をうずめた。そしてまた泣き始めた。春江が初めて誰かに甘えた瞬間だった。
 仁木は黙って背中に手を回し、頭を優しく撫でた。
 これまで、どれだけの緊張の中にいたのか……どれだけ辛い目にあったのか……それでも倒れることなく駆け抜けていったのだ。本当は弱音を吐きたかったに違いない。わがままを言いたかったに違いない。
 千回詣に失敗したあの時、もう一回挑戦することに対して激しく拒否したあの日のことを仁木は思い出していた。本当の春江は強くもなんともないんだ。ごく普通の若い女なのだ。
「いいんですよ……それでいいんです……もっと私に甘えてください」
 自然に出た言葉だった。それを、不安げな表情でゆっくり見上げながら聞く春江だった。春江は甘えることに慣れていなかった。それ以前に甘える相手がいなかったのだ。だから逆に甘えることを許されると、どう振る舞えばよいのか分からなかった。それを察した仁木は、
「ふふっ、今のままでいいんです」
 と言って微笑んだ。それを見て春江も微笑んだ。
――――お父様……あなたに会えてよかった……
 口には出さなかったが、心の底から思うことができた。だからこそ、これまで言わなかった仁木への思いをここで言おうと思う春江であった。
「お父様。私とお父様が初めて出会ったときのこと覚えていますか?」
「はい。昨日のように」
「どうして私が自殺したって分かるんですか? って質問したら、臭うんです。って言われましたよね?」
「ふふっ言いましたね」
 そういうこともあったなと物思いにふけつつ、しばし穏やかな空気が流れていった。
「あの時、体が臭うのかな? って思ったんですよ……恥ずかしかったです……」
「そうでしたか。それは申し訳なかったですね」
「いいえ、いいんです。私が簡単に生まれ変われないって知って、落ち込んだとき、必死になって説得しましたよね?」
「そりゃあ、あの時は必死でしたから」
 それを聞いた春江は満面の笑みで喜んだ。
「それでも私が駄目だったらどうするつもりでした?」
「意地悪な事、言わないで下さいよ」
 苦笑いする仁木に対して、春江は更にうれしそうにした。
「そう言えば、あのバイオリン、どうやって手に入れたんですか?」
「うーん。あまり覚えていません。だって必死でしたから」
「どうしてそんなに必死になるんですか?」
「だって春江に元気になってもらおうと……」
「どうしてお父様は、私の大切なものが分かるんですか? 一番何が欲しいのか……一番何をしたいのか……どうして分かるんですか?」