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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~現世編~

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 春江は、知らず知らずのうちに、境地を高め、精神が磨かれていった。そして、確固たる覚悟を原動力にして、高みに立とうとしていた。
 春江は激痛に襲われようと、生々しい傷を目の前にしようと、動じなくなってきた。ただ目の前の石段を登ろうとすることで、それらを意識から消そうとしていたのである。ようやく、針の痛みに耐えることができるようになった頃、更なる試練が春江を襲った。
 石段を見上げている春江の目に飛び込んだのは、春江の体よりも大きい巨石だった。それがゆっくり動き石段の方へ動く。そして、ついには石段を転げ落ち、春江を襲った。
――――ガタン……ガタン……
 次第に加速していき、春江のいる場所に到達する頃は、とんでもない勢いになっていた。思いもしなかった巨石の登場で、春江はどうすればよいのか判断できず、身動きをとれずにいた。遂には、巨石を真正面から受けてしまい、激しく飛ばされてしまった。石段を転げ落ち、体は石段に接する度に針が体を貫いていった。
 巨石に踏み潰され、石段を転げ落ち、体中を針で刺さただけでなく、半分まで歩みを進めていた石段の一番最初まで戻らされてしまった。
 暫く春江は倒れたまま動けなかった。石畳を頬に感じながら、春江は怒りに震えていたのである。それは、自分自身に対する怒り。どうして、この程度のことで負けてしまうのだという思いであった。
――――こんなことで負けるもんか!
 春江は歯を食いしばって立ち上がった。すると、猛烈な勢いで石段を駆け上がっていった。
「うおおおおおぉぉぉぉ!」
 およそ春江に似つかわしくない雄叫びを上げながら、突進していった。すると、石段の上からは次なる巨石が投下され、春江を襲った。春江はその巨石を見据え、ぎりぎりのところで身をかわした。
 春江は避けた巨石を振り返り、ふっと微笑んだ。
 喜びも束の間、巨石は次々と投下され、春江目がけて突進してきた。次々と避ける春江だが、巨石の数が増えすぎて、どうしても避けきれなくなった。春江もそれを実感したが、動じることはなかった。
―――私は負けない!こんなことで負けない!
 この念にも似た思いが、春江の体を動かした。すると自然と目の前の巨石に躊躇せず突進していった。頭から巨石にぶつかったが、春江は飛ばされることなく、逆に巨石が粉々に砕け散った。
 気持ちが強ければ、巨石さえも恐るに足りないことに気付いた春江は、それから巨石を避けることなくむしろ受け止めるようにした。時には砕き、時には持ち上げて放り投げ、巨石をおもちゃのように扱い、しのいでいった。
 すると巨石の材質が変わってきた。岩ではなく、鈍く光る褐色の玉が投下されたのである。春江はそれが銅だと直感した。銅銭に似た輝きを放っていたからである。
 岩石から金属に材質が変わった。硬度が増し、受ける衝撃も大きいだろうと通常は想像するだろうが、春江は違った。どんなものであっても負けるはずがない。この確固たる自信は、どんな状況変化にあっても、即座に対応する瞬発力につながった。皮肉にも、一旦巨石に打ちのめされたことによって、春江の精神を目覚めさせたのであった。
 銅球すらも正面から受け止めようとした。目の前まで迫り、体で受け止めると、巨石のように砕けなかった。その代わり、春江の体が溶けていった。この銅球は高熱だったのである。
 砕けないばかりか、衝撃と高熱を味わった春江だが、歯を食いしばりながら銅球を受け止めた。最初の巨石のように飛ばされなかったのである。衝撃は食い止めたが、高熱はまだ持続したまま。皮膚や肉が溶け、辺りは生臭い臭いが漂った。
 そんな状況にあっても春江は平常心であった。それどころか、この銅球にも負けないと思っている。その思いが通じたのか、次第に体は溶けるどころか、逆に再生していった。更に暫くすると、逆に銅球の方が溶け始め、しまいにはなくなってしまった。
 その様子を見届けると、ゆっくり石段の上に目をやった。あと数段で頂上だ。春江は石段の試練に勝ったと実感した。ゆっくりと残りの石段を登り、頂上に到達した。
 するとどこからともなく声が聞こえてきた。
「汝の成仏の意志、我受け止めたり。先に進むがいい」
 ここに来て、初めて認めてもらえた。春江は、更に自分に対する自信を高めながら先に進んだ。
 いよいよ三の鳥居が見えてきた。二の鳥居であんなに痛い思いをしたのだ。三の鳥居も想像を絶する仕掛けがあるのではないかという思いが、頭をよぎった。
 しかし、銅球の試練を乗り越えた春江は、もうどんなものが来ても恐れない自信があった。
 三の鳥居まで数メートル。春江は一気にくぐり抜けようと、全速力で駆け出した。三の鳥居は一面が青く、壁のようになっていた。春江は、その中に入らなくてはならない。何が待ち受けているのか見当がつかなかったが、躊躇することは許されない。
 春江は、足の動きを緩めることなく、鳥居をくぐった。
 青い壁はゼリーのように多少の抵抗があるが難なく入り込めるものであった。二の鳥居のように痛みが伴うものではなかったのである。
 鳥居をくぐり抜けた先も青い風景が広がり、春江は何ともいえない奇妙な感覚に襲われた。
 春江は暫く周りを眺め、状況を理解しようとした。するとすぐにこの場の悲惨さに気付いたのである。
――――息ができない…………
 春江の周りを漂う青いものは水だったのである。神社の一角と思われる場所は、海の底だと思ってしまう程の大量の水で満たされていた。よく見ると大小さまざまな魚が当たり前に泳いでおり、場の異様さを際だたせた。
 息ができないことに気付いた春江は、その苦しみから水面まで上がろうとした。しかし思いっきり手でかいても、水面まで上がることができなかった。水中でありながら浮力が全くなかったからである。ジャンプしても地上と同じ程度だった。
 水面まで上がることができないことを悟った春江は、とりあえずこの場を早く通り抜け、息ができる場所までたどり着こうとした。しかし、春江の周りを漂っている水が体中に絡みつき、その動きを困難にさせた。粘液の中を歩くようなその感覚は、春江の思惑を大きく裏切ることになった。
「あ……あ……」
 思うように体が動かない焦りから、力なく声が漏れる。とりあえず、この場を切り抜けるしかないと思い、力を振り絞って体を動かしていった。しかし、動こうと思えば思う程、水がしつこく絡みつく。疲労が蓄積し、息が上がってきた。
 息を止めながら全力で動くには限界がある。体に酸素が供給されないこと。水が体の動きを封じているにもかかわらず、全力で体を動かし続けないとならないことが、体の内部から破壊されるような危機的な痛みを招いた。
 春江は死ぬことによって肉体を失っているが、その意識は生きている時と同様の常識に囚われているため、このような苦痛を喚起してしまうのである。