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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~現世編~

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第五章「千回詣」



 仁木は、右側に安置されている狛犬の側まで歩き、
「私は仁木龍生です。刑法三百二十四条第四項により城島春江を連れて参りました。千回詣の許可を」
 と言う。千回詣を始めるための手続きである。
「城島春江の千回詣を許可する」
 と狛犬が言った後、左側の狛犬も動きだし、春江の方を向いた。二体の狛犬は、数日前、ほんの入り口で弱音を吐き、見るも無惨な姿で退却していく様子を見ていた。そのため、性懲りもなくまた挑戦するのかと呆れていた。
 二体の狛犬は目を細くして冷たい眼差しで暫く春江を眺めた後、少女の姿になり、例の言葉を投げかけた。
「成功には痛みが伴う」
「痛みは覚悟の証」
「汝の覚悟と痛みを天秤にかけよ」
「覚悟なきものは立ち去るがいい」
 数週間前にも同じ言葉を聞いた。春江は、打ちのめされた千回詣のことを思い出していた。あの時はもう絶対やらないと思っていたのに、今は迷いなくここにいる。この場に立ったら決意が揺らぐかもしれないと思っていた。もしかしたら、すぐに逃げ出すかもしれないと思っていた。しかし、そんな恐れとは裏腹に、落ち着き払っている自分がいた。
 あれからしばらくしか経っていないのに、ここまで変わることができるのかと不思議に思いながらも、千回詣を達成することができるのではないかという自信につなげていった。
 春江は、様々な思いを巡らせながら、ゆっくりと目を閉じて息を整えた。そして静かに口を開く。
「覚悟あります」
 そう言うと、春江はためらいなく鳥居の中に進んでいった。春江は、一回目とは違い、確かな足取りで進んでいった。
 一の鳥居にさしかかった。鳥居の内側に入ると、例の圧力がかかってきたが、立ち止まることなく歩き続けた。春江は、鳥居の側にいる結界官から声をかけられる間もなく通り過ぎてしまった。
「汝はその身の穢れを払うためにここに来た。これより汝の穢れは炎となりて燃えさかる」
 遠くから聞こえる結界官の言葉を背にして、ますます勢いをつけながら歩み出ていった。結界官の言葉が発された後、灼熱の日光が襲ったが、それでも勢いが止まらず進むことができた。
 春江はふと疑問に思った。前はあれほど辛い思いをしたのに、今は考え事をするほど余裕がある。確かに痛みや圧力はあるし、それらが弱まったわけではない。同じだけの苦痛に襲われている。しかし、それに対して楽に対応している。
 その疑問が解決するより前に、千回詣をやり遂げられるかもしれないという期待感に包まれた。なにより今の春江にとってどうして苦痛に耐えられるのかということばどうでもよかった。耐えられているということだけで十分であった。
 難なく一の鳥居エリアをクリアしようとしていた。目の前には二の鳥居。体を切り刻む結界があり、春江にとって耐え難い痛みが鮮烈に刻み込まれている場所である。
 春江は一瞬立ち止まり、息をのんだが、すぐさま歩き出した。まず、結界にそっと手を伸ばした。予想通り、指先は鋭く切り刻まれ、おびただしい血が流れていった。
 結界を通過するとすぐさま蘇生されるが、痛みは残ったまま。春江は、結界に接し、先日と同様の仕組みがあることを再確認した。
 躊躇すると痛みが増す。そして圧力や熱を強く感じてしまうことになる。春江は、気持ちと感覚が直結していることを理解していた。だから耐え難い苦痛になることは分かっていたが、それを少しでも軽減するためだと自分に言い聞かせながら、一気にくぐり抜けようと腹をくくった。
「あ……あああぁぁぁ!!あ……」
 激痛に耐えるために悲痛な声が漏れてしまう。気持ちを強くもってもやはり二の鳥居をくぐるのは困難なのである。しかし、膝をつくこともなく、しっかりと足を進めている。激痛の中にありながらも、その目はずっと先を見据えていた。
 鳥居を完全にくぐり抜けた。激痛が体中を駆けめぐっていたが、普通に歩いていた。圧力や熱は一層春江を追い込んだが、自然と体が動いていった。前回挫折した場にいながら、まだ余裕があることが春江にとってとてもうれしいことだった。
 春江は全ての人間を守ることを夢にした。成仏することについての明確な理由ができたのである。前回は、異形なる者になりたくないという理由だけで挑戦した。
 前回と今では、覚悟の質が明らかに違っているのである。春江は夢をもつことで、未来に希望を見いだした。千回詣という過酷な試練を乗り越えることが前提になっているにしろ、その希望の火は消えなかった。それが、千回詣を通して受ける苦痛に違いを生んだ。
 しかし、先に進めば進むほどその覚悟の強さが試される。これからが本番なのである。
 二の鳥居をくぐり抜けた先には、果てしなく続く石段があった。灼熱の日光による熱や圧力を受けながらこの石段を登っていくのは困難であることは容易に想像できた。しかし、石段に近づいた途端、そんな甘いものではないことが思い知らされた。
 どこからともなく声が聞こえた。
「この石段は、覚悟の証明である。一段一段しかと踏みしめよ。汝の痛みは、汝の穢れなり。痛みに耐え、穢れを祓え」
 すると、石段からおびただしい数の針が生えてきた。その針は縫い針ほどの大きさで、隙間なく敷き詰められていた。石段は最早、石ではなくなった。針の銀色で覆われているのである。
 その銀色が太陽の光に反射して春江の目を襲った。鈍く光る石段を前にして春江は腹をくくった。春江はこの上を歩こうとしているのである。
 春江はゆっくりと石段に足を置いた。すると音もなく針が足に突き刺さり貫通した。
「うぐ……あ……あ……」
 想像を絶する痛さに声を失い、弱々しく息を漏らした。それでも足を動かし、登っていった。見上げると永遠に続く石段が続いていた。
――――ネチャ…………ネチャ…………
 音もなく突き刺さる針だが、逆に足から抜こうとする時には生々しい音が響いた。春江は痛みをこらえながらふと足下を見た。すると、おびただしい血に包まれ、そしてしっかりと針が貫通している自らの足があった。激痛を足に感じるのと同時に、凄惨な光景を見ることによって更なる動揺が広がっていった。
 すると即座に強い圧力と熱が春江を襲う。それを感じた春江は我に返り、鋭い目つきで石段の先を見つめた。
 この千回詣は、常に成仏しようとする覚悟が試される。乗り越えようとする意志と、痛みが天秤にかけられるのである。覚悟が痛みに勝ち続けなければならないのである。そのため、先に進めば進む程、苦痛が強くなる。
 少しでも弱音を吐こうとすると、更に追い込もうと強い圧力と灼熱が襲う。この事実を前に春江は、動揺する自分を即座に諫めたのである。
 極限状態にあるが故、誰にも譲れない夢をもっているが故、春江は自然と自我を制御する術を身につけようとしていた。
 欲望や痛み、恐怖それら全ては我が強すぎることから苦しみに転じる。囚われる心が平常の精神を犯す。千回詣によって、我から離れ、無我の境地に達することも一つのねらいとされている。覚悟が試されると同時に、その魂の浄化も行われるのである。
 天使が言う
『汝の穢れは炎となりて燃えさかる』
 は、そういう意味もあるのである。