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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~現世編~

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「どうして我々は謀反の汚名を着せられたのだ!」
 生田は悔しさをにじませながら語る。
「同志はまだ刑務所にいる……どうして……どうして……捕らえられるべきは、奴らなのに……」
「そうだ……おかしい……陛下はたぶらかされているんだ……きっとそうだ……俺らが陛下をお助けしないと……」
「でもどうする? 同志は死刑で殺されたか、刑務所だ」
「俺に考えがある」
 難波は怪しい笑みを浮かべながら生田に語りかける。
「岡田邸を襲撃した時、城島庄次郎がいただろ?」
「ああ……いたな。奴は岡田を守ったことが評価されて少佐に昇格したそうだぞ! 犬に媚びを売った挙げ句にだ!」
「話は最後まで聞け。城島は夫人に目がない……知っていたか?」
「ああ……何でも、夫人を守るためには何でもするというおしどり夫婦だとか……それがどうした?」
「だから、城島夫人を誘拐する。すると城島は血眼になって探すだろ?」
「ああ……それで?」
「憎き城島に一泡吹かせた後、同志の解放を要求するんだよ。城島は少佐だ。少佐の妻が誘拐されたことは汚点になる。そして、それを隠すために要求に応じるだろ?」
「……うまくいくのか?」
「女子供を誘拐するぐらいのことで、何の問題があるんだよ」
「そうだな……」
 この様子をため息混じりに見つめる仁木だった。そして、思い出すように呟いた。
「この後春江さんはここに連れてこられる……そして……」
 一旦辺りが暗くなり、そしてまた同じ風景が映し出される。しかし、時間が違うのか部屋の明るさや影の位置が変わっている。どうやら数日経過したようだ。
「あなたは誰なんですか! 離してください! 帰してください!」
 春江は縛られたまま部屋に連れてこられた。誘拐され、不安でいっぱいのはずなのに、怯むことなく二人に抗議した。二人は予想外の反応に戸惑いながらも目的を達成しようとした。
「いいや、あなたには、暫くここにいてもらう」
「何故ですか? 私が何をしたというのです!」
「あなたは何もしていない。私たちはあなたのご主人に恨みがありましてね」
「庄次郎様に? 庄次郎様があなた達に酷いことをされたんですか?」
「いいや……いやそうかな? あなたのご主人のせいで私たちの同志が……」
 春江は瞬時に状況を理解した。春江は庄次郎から当時の政治情勢を聞いていた。通常は妻にそのようなことを語ることをタブーとしていたが、庄次郎は隠し事をしたくないという誠意から、その禁を犯していた。
 当時、皇道派といい、政府主導の政治に異を唱え、天皇中心の政治を行うべきだという一派がいた。この一派がクーデターを起こす可能性があることを常に庄次郎は心配していた。
 昭和天皇は温厚でクーデターを望んでいなかった。そのことを知っている庄次郎にとって、皇道派の動きに賛同することはできなかった。それ故に岡田首相の警備を志願したのである。
 この難波や生田を始めとして、岡田首相などを襲撃したクーデターは、後に二・二六事件と呼ばれ、軍部が暴走した汚点をして歴史に名を残すことになる。
 そういう事情を知っている春江は、皇道派の残党が復讐しようとしていると考えたのである。
「皇道派の方々ね?」
 2人はびっくりした。どうして女である春江がこのことを知っているのか。政治に無縁であるはずの女がどうしてそのことに気付いたのか。様々な思いや憶測が二人を取り巻いた。
「私を利用しようとしても無駄ですわ」
「何故だ……あなたはもう捕まっているんだ! 袋の中のネズミなんだよ!」
 仁木はこの先にある悲劇を思い出しながら悔しさをにじませながら、
「難波さん……生田さん……あなた方は甘かった。そして私も……春江さんは、そんな簡単なものではないんですよ……私もそれを知っていたはずなのに……止められなかった……どうにかできたのに……」
 と呟いた。
「いいえ……私は誓ったのです。庄次郎様のためには命をかけるって……庄次郎様が私のために何がなんでも生きながらえるのなら、私は庄次郎様のために命をかけるって……あなた方の思う通りにはなりません」
「へー、だったら自殺でもするんですか?」
 春江は、何も言わずに生田の目を見つめ、その問いに答えた。
「馬鹿馬鹿しい……そんなことができるわけがない。そうやって虚勢を張っても仕方ないですよ」
「難波、飯でも食うか?」
「そうだな」
 2人は春江の言葉を無視した。そんな覚悟を女がもてるはずがない。そう思ったのである。だが春江と庄次郎との絆はそんな常識を遙かに凌駕していた。
 そして、悲劇が起きる。
「私はあなたの障害になるぐらいでしたら潔く死を選びます」
 仁木はこの先の光景を直視できずに、目を閉じながら耳をふさいだ。その行動が契機となり、眠りから覚めた。
 時間はもう夕方になっていた。目を開いて周りの風景がはっきりと見える前に綺麗な音色が耳をなでる。
 春江のバイオリンである。
「あら、仁木さんお目覚めですか? 死んだ後でも寝るんですね。びっくりしました」
「ああ……春江さん。申し訳ありません。ついうとうとと……」
「いいえ……構いませんよ。私もあと少しヴァイオリンを弾きたかったものですから」
 そう言い終わると春江はいよいよ集中して演奏し始めた。シューベルトからバッハを弾き続け、最後にはヴィターリ作曲の「シャコンヌ」を弾き始めた。
 シャコンヌはか弱き繊細なタッチでありながら、芯の太さがある。熱い思いがほとばしる名曲である。また、春江の人柄が表れるものであった。
 春江の情熱に呼応するが如く、水死霊達が引き寄せられ、浄化され成仏していく。夕方の朱色の光と対比して成仏する際に発する光が豊かな色彩を奏でていた。
 仁木はまどろみの中で誓う。この人はここに留まってはいけない。この人は天に帰るべき人だと。
 成仏のための試練「千回詣」までもう時間がない。想像を絶する試練を前に仁木は春江に対して静かに声をかけた。
「春江さん。時間がありません。急ぎましょう」
 仁木はにっこりしながら、手をさしのべた。
 仁木が連れて行った先は、大きな神社だった。この場所からはなんという名前の神社かというところまでは分からない。目の前には狛犬が二体あり、仁木と春江を待ち構えたかのように睨んでいる。しかし、石像だということもあり、襲いかかりそうだという迫力がありながらも、穏やかに佇んでいた。
 その先には、数十段もあるだろうか、かなり長い石段が続く。春江達が立つ場所からは石段がかなり上まで続いていることもあり、本殿が見えないようである。
 狛犬の大きさといい、石段の長さがいい、何もかもが大きくあり、広大な敷地の中にこの神社があることが容易に推測できた。春江は石段を見上げ、これから何が始まるのだろうと緊張し、深く息を吸った。
「仁木さん……私はこれから何をすればいいんですか?」
 いよいよ覚悟を決めた春江が口を開いた
「今から、この神社の奥にある玉を取ってきてもらいます」
 神妙な面持ちで話す仁木に比べ、春江はそんな簡単ことでいいのかと拍子抜けしている。
「それだけですか? そこに行ってその玉を取ってくるだけですか?」
 仁木は階段手前にある鳥居を指差しながら言う。