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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
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天上万華鏡 ~現世編~

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第四章「覚悟と痛み」



「どうすればいいのですか?」
 春江は早く成仏する方法を知りたかった。でも仁木はすぐに教えてくれない。そんな態度に春江は苛立ちを覚えた。
「もう昼になりました。昼では駄目なんです」
「何故ですか?」
「昼には、入ることができない場所なんですよ」
「どこですか? そこは」
 春江は早くどうすればよいのか知りたかった。それがおあずけになる。いつになくやる気になっていただけに、いてもたってもいられなかった。しかし仁木はそんな春江をよそに、のんびりとしていた。
「時間になったら教えます。……春江さん」
「はい?」
「これから過酷な試練を乗り越えなくてはならないんです。少しでも体力を整えておかないといけませんよ」
「やだ仁木さんたら。私たち死んでいるんじゃありませんか。体力だなんて……」
「その通りです。確かに肉体はありません。しかし、今の私たちの体力とは精神力のこと。気力に満ちていないと乗り越えないということなんですよ。だから、少しでも休憩して心を整えてくださいね」
 そう言い残して仁木はその場で横になり、目を閉じた。そしてうたた寝をしながら眠りの海に沈もうとしていた。
 その時ふいに春江のビジョンが浮かんだ。目の前には春江と庄次郎。仁木は二人を眺めていた。
「夢だ……」
 そう自覚しながらも、春江が生きている時の姿を懐かしそうに眺めていた。仁木の夢は、かつての二人を再現していた。
「春江……私は岡田首相に謁見することになった。今、首相は皇道派の将校らから命を狙われているとのこと。私は、なんとしても首相をお守りしなければならない……」
「庄次郎様のお命も狙われるのでは?」
「……そうなるだろう。でも私は絶対に死なない。春江がいる限り絶対に帰ってくる。だからご飯を作って待っていてくれ。そしてまた私のためにバイオリンを……」
「はい。信じています」
 春江は庄次郎の命が狙われるかもしれないという状況であるにもかかわらず、笑顔で応えた。笑顔でいることが、庄次郎にできる唯一のことなのである。せめて気持ちよく送り出したいと思っていた。
「そうだった。庄次郎さんはいつも春江さんを気遣っていた……春江さんも……」
 仁木は目の前の光景を見ながら微笑んだ。これは夢。これは以前見た光景。忠実に再現されていることに戸惑う前に、懐かしさがこみ上げていた。
 場面が一転して首相邸らしき場所に移った。
「閣下! 今危険な時です。どこかに身を……」
 高官らしき人物が岡田首相に詰め寄る。
「馬鹿な事を言うな! 衆議院選であれだけ惨敗しておきながら、私だけ逃げる訳にはいかん!」
「ですが……命がかかっているんですよ……城島! 貴様からも閣下に……」
「私ですか? ……閣下……閣下が生きておられてこそ……」
 庄次郎は震える足を抑えながら口を開いた。しかし、言葉を全て言い終わる前に、それを遮るように岡田首相が叫んだ。
「大尉風情がでかい口叩くな!」
 岡田首相は激しく庄次郎を蹴り上げた。庄次郎はひたすら土下座するしかなかった。それでも岡田首相の怒りは収まらない。土下座した頭を踏みしめながら更に言葉を続ける。
「貴様が私の護衛だと? 笑わせるな。貴様のような若造に守られる程もうろくしておらんわ!」
「思い出した。この後だった……」
 そう仁木が呟いた直後だった。
「ぎゃー!」
「何者だ!」
「問答無用!」
 急に辺りが騒がしくなってきた。鳴り響く銃声。数十人はいそうな激しい足音。既に警備をしている警官達が射殺されてしまったことは容易に想像できた。
「岡田を捜せ! 見つけ次第殺せ!」
 襲撃の目的が岡田首相であることは明白だった。ここにきて初めて岡田首相は事の重大さに気付いた。
「小隊で襲撃されるとは……軍は何をしておるのだ……」
「閣下は逃げてください。ここは私が……」
 高官は銃を抜きながら駆け出していった。しばらくすると激しい銃撃戦が始まった。その銃声を聞きながら岡田首相は逃げていった。
「こちらにどうぞ」
 庄次郎は岡田首相の逃げる道を探しながら誘導していった。岡田首相を襲撃している者達は、岡田首相が言う通り、単なる暴漢ではない。統率された軍隊である。指揮官の下に緻密な動きで岡田首相を追いつめる。人数も数十人である。
 最早逃げ道も塞がれ、さすがの岡田首相も死を覚悟した。しかし庄次郎は諦めない。
「閣下! 閣下は何が何でも生きていただかなければならないのです! お気を確かに! 私が守って差し上げます」
 岡田首相は庄次郎の気迫に圧され、素直に従った。しかし、岡田首相を襲う軍人達はことごとく逃げ道を塞いでいく。数人の警備も圧倒的な数を前にしては極めて無力であった。銃で応戦するも軍人達に皆殺しにされた。
 逃げ道がなくなったと判断するや否や、庄次郎はその部屋にある押し入れに岡田首相を誘導した。
「こんな場所に入っていただくのは大変無礼だとは思いますが、これも逃げ切るため……」
「分かっておる。構わん。貴様はどうするのだ?」
「私は、ここに近づく者達を討ちます」
 そう言い残し庄次郎は駆けていった。暫くすると、庄次郎はあの男達と対峙した。
 そう、生田次郎と難波大介……後に春江を誘拐する二人であった。
「城島……ここで何をしている。我々と一緒に昭和維新を……」
 そう言いながら歩み寄った難波だったが、庄次郎に拳銃をつきつけられ、後ずさりをした。
「貴様!」
 生田も銃を抜き、庄次郎につきつける。
「どういうことだ!」
「私は閣下をお守りする。邪魔だてするのならここで撃つ」
 そう言う庄次郎だったが、生田と難波は庄次郎と同期入隊した同志であった。思想の違いから別の道を歩むことになったが、仲間であることには変わりなかった。岡田首相を守るために何事にも躊躇するつもりはなかったが、できることなら二人を殺したくなかった。
「政府の犬が! 陛下をないがしろにする畜生をかばい立てするのか!」
「貴様らがしていることで陛下はお喜びになるのか!!」
「必ずお喜びになる。陛下は政府の横暴な振る舞いにお怒りになっておられる。我々がやろうとしていることは、陛下の本意なのだ!」
「問答無用! 私は何が何でも閣下をお守りする!」
――――バーーーン!
 庄次郎は難波に発砲した。しかし、頬をかすめ、銃弾は後ろに逸れた。難波はかすり傷で済んだが、二人の戦意を喪失させるには十分だった。庄次郎の鬼気迫る勢いに圧されて二人はその場にへたり込むしかなかった。
「貴様が何と言おうと、岡田はこの場で殺される。貴様も同様にだ。小隊でこの場を包囲しているのだ。逃げ切れるはずもない。」
「そうだ。貴様はここで死ぬのだ。畜生の哀れな末路を貴様も辿るのだ!」
 二人は腰を抜かしながらも捨て台詞を吐き、その場を後にした。
「この時、二人を逃がさなければ、春江さんは誘拐されることもなかった……この後、庄次郎さんは、岡田首相を守り抜き、岡田首相は生き延びた。庄次郎さんは、この功績が認められ、少佐に昇格……でもあの二人は、反乱後逮捕され、禁固2年……」
 岡田邸の光景が消え、春江が誘拐されたあの洋館に場面が移る。庄次郎の目の前には難波と生田が神妙な面持ちで立っている。