悪魔の微笑みの男
「家に入ってしまうと、生まれた環境は、そこまでは気にしない」
ということであった。
ただ、問題としては、
「表面上、まずいことに関しては、気にする」
ということで、他の、
「家というもののつながり」
というものを気にするところとは、
「一線を画した」
というところがあるようだった。
そういう意味で、問題となったのが、
「母親の出産」
ということ自体であった。
その時には、もうすでに、父親はこの世にはいなかった。
そのことは母親も知っていた。
本来であれば、
「懐妊している状態で、そんなショッキングなことを聞かせれば、子供に対しても、いいことはない」
ということなのだろうが、
「相手が相手だけに」
ということで、母親の方としても、少なからずの、いや、
「かなり大きなストレス」
というものを抱えていた母親とすれば、
「あの男は、もうこの世にいない」
ということで、却って安心して出産に向かうことができるのであった。
それだけ、あの男は、
「生きていても、害になるだけで、百害あって一利なしとはこのことをいうんだろうな」
ということだったのだ。
「私は、もうこれから、一生誰も愛することはないだろう」
と思わせるほどで、実際に、
「実家には帰ってきたは、この先、ずっと孤独なんだろうな」
ということは、覚悟の上だったのだ。
「実家というのは、あくまでも、出産のために必要な場所」
ということで、
「子供が生まれたら、家を出よう」
とは思っていたようだ。
それは、あくまでも、実家が、子供を欲しがったという場合のことで、できることなら、
「これからも、子供と一緒に暮らしたい」
という思いはあったということであった。
ただ、妊娠している間は、
「実家が子供がほしい」
ということであれば、別に私はそれでもかまわないと思っていたのであった。
双子
母親の出産は、そんなに難産ということではなかった。
ただ、それまでは分からなかったことだが、どうやら、双子だということであった。
とはいえ、
「実家にそれが分からないわけはない」
ということで、わざと、
「娘には知らせない」
ということで、まわりに、金の力を使ってか、かん口令を敷いていたのだ。
だから、母親も、
「まさか双子だなんて」
と思っていたという。
そういえば、
「産婦人科での診療も、どこかおかしかった」
と、
「エコーも、あまり鮮明に見せてくれないし、あっという間のことで、双子だと疑う余地など、これっぽっちもなかった」
ということであった。
実際に、産婦人科も、実家の、
「息のかかったところ」
ということで、医者も看護婦も買収されていたことであろう。
ただ、娘としては、そこまで生まれてくる子供にこだわりがあったわけではない。本人としては、
「愛情があったかどうかも疑わしい」
と思っていたくらいなので、そんなに気にもしていなかったのだ。
医者も看護婦も、
「買収するような家の家族なんだから、少し冷徹なところがあるくら当たり前のことではないだろうか?」
と思っていた。
実際に、それは、
「ウソではなかった」
ということだろう。
ただ、実家の考え方と、娘の考え方とでは、大きな開きがあるということも分かっていた。
「どっちもどっちだ」
というのは皆の意見で、それだけ、
「対照的な性格」
といってもいいかも知れない。
だから、高校生の頃にグレて家出をしたのであり、まさか、あんなひどい男に騙されるとは思ってもみなかったというだけで、それ以外では、
「絵に描いたような、お嬢様の転落人生だった」
といってもいいだろう。
産婦人科では、それまでに比べれば、想像もできないほどの饒舌だったといってもいいだろう。
家では、
「母親は、寡黙ではなかった」
というのは、
「父親が大黒柱」
ということではあったが、
「家のこと」
あるいは、
「会社以外のこと」
というのは、ほとんどが、道子から見て、祖母が賄っていることであった。
そういう意味では、
「父親よりもしっかりしている」
と、母親も思っていたようで、だから、
「家出する」
ということになってしまったのだろう。
実際には、
「計画的な家出」
というわけではなかった。
どちらかというと、
「衝動的な家出」
ということだったのだ。
だから、
「あんなろくでもない男に引っかかってしまった」
ということになるのであり、それだけ、道子の母親は、行き当たりばったりの家出だったということであろう。
チンピラの父親としても、
「なんとも騙しやすい女だ」
と思ったことだろう。
そもそも、
「オンナというのは、だましてなんぼ」
というくらいに思っているクズだったのだ。
さすがに、計画的な家出ということであれば、こんな、虫けらのような男に引っかかることはないだろう。
だからこそ、母親も、
「こんな男に引っかかったということは、それだけ、自分が行きあたりばったりだったのだろう」
と思っていたのだった。
だから、
「結局は自分が悪い」
ということで、
「自業自得」
「因果応報」
という言葉が頭をめぐっているといってもいいだろう。
それでも、妊娠が分かり、最初は、
「どうしていいのか分からない」
ということから、自分が、
「四面楚歌になっている」
ということを自覚したことで、自分の進む道ということで、
「実家に連絡を取る」
という考え方になったということは、正解だったといってもいいだろう。
実際に、「何とか両親から、
「帰ってこい」
と言われたことで、すでに、ある程度の覚悟はできていたといってもいい。
「この子は私が生んで、父親である、あのろくでもないチンピラに、指一本でも触れさせたくない」
と思っていた。
もっとも、
「あんな男、子供ができたからといって、真人間になるとは思えない」
というのは分かり切っていた。
それは間違いないことであったが、まさか、
「両親が、あの男を抹殺に掛かるとは思えなかった」
ということである。
いくらチンピラとはいえ、そう簡単に自殺をするとは考えにくい。やはり、実家における、
「金の力」
というのが、ものを言ったといってもいいだろう。
だから、
「あの男を葬る」
という意味でも、実家に戻ったというのは正解だったといってもいいだろう。
もし、
「実家の力がなかったら?」
と思えば、それだけで、恐ろしいと思えるのであった。
確かに、
「実家の力というのは、お金の力」
ということで、
「お金の力にものを言わせる」
というのがいやで、家出をしたということであったが、実際に、家出をしたことで何があったのかというと、結果として、
「あのひどい男と知り合うことになってしまった」
ということで、
「あの男から逃げるには?」
ということから、今度は、
「実家を頼る」
ということで、完全に、堂々巡りを繰り返してしまったということで、それこそ、
「いたちごっこだ」
ということになるだろう。



