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悪魔の微笑みの男

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 道子は、確かに裕福な家に残り、見た目は幸せそうだったが、果たしてそうなのか? 心の中に、何か鬱積したものがあり、実は精神的には、息が詰まってしまい、家出寸前といってもよかった。そんな状態でも家出まではしなかったのは、ただ単に、その勇気がなかったということと、誰か頼りにできるような心強い人が身近にいなかったということである。
 そもそも、頼りにしている人は、すべては、道子のためなどではなく、あくまでも、
「会社のため」
 ということで動いていたのだ。
 つまりは、まわりにいてくれている人は、祖父母の息のかかった人ということで、
「頼りにしてくださいね」
 と言いながら、その行動を監視しているということである。
 だからこそ、息苦しいのであり、
「自分のまわりだけ、まったく違う空気が流れている」
 と思うのも当たり前のことだろう。
 暑苦しい空気が充満していて、汗まみれのような臭いが、まるで加齢臭でもあるかのように、鼻を衝いてくる。
 だから余計に、若さのないギトギトした異臭に、息苦しさと、動きが取れないような暑苦しさから、自分まで汗まみれになってしまっている気がしてならないのだった。
 だが、家出をする勇気もない。どこかに潜伏しようにも、匿ってもらえる人はおらず、普通にどこかに宿泊すれば、すぐに居場所もバレることだろう。
 すぐに連れ戻されるのが分かっているのに、家出をしても、結局、連れ戻される時の混乱で、自分が恥ずかしい思いをするだけだと考えれば、まったく動くことのできない環境に自分がいるということが分かってしまうのであった。
 そんな状態の中、道子は結局、
「囚われの籠の鳥」
 でしかないのだ。
「囚われの籠の鳥は、籠の中でしか生きることはできない。どんなに抗っても、外に出てしまうと、自分の狙っている他の獣や鳥に捕まってしまって、あっという間に食べられてしまう運命なのだ」
 ということである。
 もし、食べられなかったとしても、今度は自分が食べるものがない。今まで、
「飼われていた」
 いや、
「囚われていた」
 という自分に、どうやって獲物を捕らえるというのだろう。
 できるはずのない獲物を捕らえるなどということ。できるはずがないと思い込んでしまっている以上、何かができるわけではないのだった。
 仕方なく、今日も、囚われの籠の鳥を演じるしかないのだった。
 そんな中において、最近、
「誰かに見張られている」
 という気がしてきた。
 学校でもそうだし、通学の途中でもそうだった。しかし、実際にそれを見たわけでもない。まわりにいる側近に、助けを求めてもいいのだが、根拠のないことで騒ぎ立てたくはない。
 籠の中の鳥は、それでも、常時監視されているということを考えれば、外敵から守ってくれていると思えばいいのだ。
 だから、
「言わずとも、分かってくれる」
 というもので、まわりを見張ってくれている人は一人ではなく、しかも、交代交代で見張ってくれていることは、こういう時に安心感を与えてくれる。
 そういう意味でも、
「ここで、家出をするのは得策ではない」
 ということになるのだ。
「誰に見張られているのだろう?」
 と、その視線を感じてはいるが、そのわりに、自分を見張っている連中は、まったく動く気配もない。
 その証拠に、その自分を見張っている謎の視線がやむことはないではないか?
「気づかないのかしら?」
 とも感じたが、
「それなら私の勘違いということになるのかもしれない」
 と思った。
 確かに、勘違いということであれば、ホッと胸をなでおろすということになるが、そのおかげで、息苦しさが若干解消されたような気がしたのは、その謎の自分を見つめる視線というものを、ずっと以前から意識をしていたのだが、そのことに最初は気づいていなかったのかも知れない。
 そう考えると、
「それだけ、ある機会をきっかけに、私だけが、その視線を意識するようになった」
 と思うと、
「その視線の危険性というのは、本当は気のせいなのかも知れない」
 とも感じたのだ。
 だが、その視線は慣れてくると、
「自分に危害を加えたり、嫌がらせのような感じではない」
 と思えてくると、少なくとも、ストーカーではないということは分かってきたような気がしたのだ。
 ストーカーであれば、どんなに相手が意識して気配を消しても、まわりから自分を見張っている人には気づくはずだ。
 というのも、
「ストーカーは、猪突猛進の視線を、ターゲットに向けていることだろう。つまりは、他の人にバレても構わないというほどに、自分の目的達成を最優先にするはずだから」
 ということである。
 つまりは、
「ストーカーには、罪の意識がない」
 と言えるだろう。
「相手が嫌がっていようが、自分の気持ちを相手に分かってもらう」
 ということが最優先ということであり、
「そのことが、いかに相手を追い詰めるか?」
 ということが分かるわけではないのだ。
 それを考えると、
「相手が無意識なだけに怖い」
 と言える、
 なんといっても、罪の意識がないということで、相手を苦しめる行為を、
「相手のため」
 と思っているのだから質が悪い。
 そのことを自覚できていない人間は、誰に何を言われても相手のいうことを信じることはせず、すべてにおいて、自分が正しいと思い込んでいるのだ。
 そんな相手に、正当性を求めるなどできるはずもない。それこそ、
「頼りになる男性」
 であったり、
「警察」
 などが助けてくれなければ、
「犯罪に巻き込まれる」
 という運命が待っていることになるだろう。
 だから、今の世の中には、
「ストーカー殺人」
 などが蔓延しているわけだ。
 実際に、何度も社会問題になっているにも関わらず、警察は何もしない。
 確かに、
「ストーカー防止法」
 という法律もあり、規制をすることもある程度はできるということであるが、被害者が警察に相談にいっても、表面上のことしかしてくれない。
 警察には、そういう
「ストーカー対策」
 ということで、
「生活安全課」
 というものが存在する。
 最初の頃は、そこまで範囲が広くはなかったが、今では、
「詐欺」
 であったり、
「サイバーテロ」
 などの問題まで抱え込むようになったので、実際には、忙しいということも分かる。
 しかし、生活安全課では、被害者が被害を訴え出たとしても、
「ケイタイからの着信があった時点であなたからの緊急電話とみなす」
 ということであったり、その位置情報からいち早く駆けつけるということもできる。
 そして、相手が分かっていれば、
「付きまとわないように」
 ということで、注意喚起くらいはしてくれるだろう。
 ただ、この注意喚起というのも、被害者側が、
「相手を怒らせるだけ」
 ということで、拒否するということもあるだろう。
「そんなことして逆恨みをされると怖い」
 と考える。
 それは当たり前のことで、
「相手が何をするか分からない」
 ということや、
「嫌がらせがひどくてノイローゼになった」
 であったり、
「精神疾患と病院で診断された」
作品名:悪魔の微笑みの男 作家名:森本晃次