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悪魔の微笑みの男

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「もし、その時の家政婦が秘密を知っていれば、なんとなく見ていておかしいということが分かるのではないか?」
 ということであった。
 実際に、
「今の自分であれば、他の人が見れば、何か緊張しているということが分かるのではないか?」
 と感じるからだった。
 それが、責任感というものと、緊張感からきているということが分かると、
「自分には、まだ、そこまでの覚悟がないのかも知れない」
 と感じたことからも、
「今まで秘密にしていたが、いずれ話さなければいけない」
 ということか、
「お嬢様が、ご自分で知るということになるのではないか?」
 ということになると、予測ができるからであった。
「だったら、そのタイミングを見計らって、自分で覚悟を決めることで話をする」
 というのが、当たり前のことではないかと思うのだった。
 家政婦は、道子とは、結構仲がよかった。
 それは、
「なぁなぁの仲」
 というわけでもなく、ましてや、
「惰性の付き合い」
 などということは絶対にない。
「道子お嬢様は、自分の中で、いかに最近、覚悟というものを感じているか」
 ということが分かってきたのが分かることで、
「私たちの関係は、年月に匹敵するだけの関係であることに間違いはない」
 と感じていたのだ。
 道子の方も、
「この家で、一番信頼できるのは、あの家政婦長さんだけだ」
 と感じていたのだった。
 そもそも、
「両親がいない」
 という中、豪邸の子女として生まれたわけで、
「その将来は決まっている」
 といってもいいかも知れない。
「祖父や祖母に大切に育てられた」
 ということであるが、実際の教育などは、家政婦であったり、家庭教師が行う。
 そういう意味で、
「学校教育」
 というものとはまったく違ったものであり、それこそ、
「帝王学」
 というものに近い形の教育だったことだろう。
 だから、小学生の頃は学校でも、そのギャップの違いというものに戸惑って、焦りからか、まわりのクラスメイトや担任の先生と、いさかいを起こしてしまうということが度々あったのだった。
 家政婦から話を聞いたといっても、
「かしこまって」
 という感じではなかった。
 それはまるで、
「就職試験での面接」
 であるかのように思われるかも知れないが、いきなり、
「話をする」
 といっても、そんなガチガチの状況では、
「話をする方も、聞く方も、覚悟だけではうまくいかない」
 ということになるだろう。
 話としては、確かに重たい話であるし、話をする方の問題としては、
「どこまで話せばいいのかが分からない」
 ということである。
 話を聞く方というのは、何も知らないわけで、いきなり、衝撃的な話をされるわけなので、
「どうしてなの?」
 という思いが、どんどん積み重なっていき、それがパニックということになり、
「得られる情報」
 というよりも、
「知りたい情報」
 というものが圧倒的に少ないことで、
「判断するだけの材料が、まったく乏しい」
 ということになる。
 だから、相手は、
「なぜなの?」
 ということを中心に聞いてくるに違いない。
 しかも、
「理解もできないうちに、勝手な妄想が浮かんでくるのだから、何かを聞きたいと思っても、何を聞けばいいのか?」
 ということが分からないということだ。
 だから、
「話す方も、順序だてているつもりだが、そこで、質問を前のめりにされてしまうと、せっかく決めたはずの覚悟というものが、まったく利かなくなってしまう」
 ということになるだろう。
 だから、
「最初に覚悟のようなものを、覚悟という形ではなく与えておけば、あとは、緊張させないように話をするだけ」
 ということになるだろう。
 今回は、道子にも、
「誰か、自分と同い年くらいの人が、うちを気にしている」
 ということは分かっていたので、
「その理由が分からない」
 ということから、ただ、
「気持ち悪い」
 という思いを抱いていたということになるだろう。
 だから、その思いが覚悟ということと結びついて、家政婦が言わなくとも、道子には覚悟のようなものが最初からあるということであれば話しやすいというものだ。
 道子としても、
「何となく、自分には誰か引き合う人がいるのかも知れない」
 という思いはあったようだ。
 しかし、それが誰なのか、想像もつかないということで、
「分かるのであれば、それに越したことはない」
 ということで、
「誰か納得させる話をしてくれればいいのに」
 とは、子供の頃から思っていたことだろう。
 しかし、家政婦としても、
「これは墓場まで持っていく秘密」
 ということで、かん口令を敷いていたということから、
「いうに言えない」
 と思っていたのだ。
 しかし、最近の
「大旦那様と大奥様というのは、昔ほど厳しくなく、まるで、誰か娘が納得できるように話ができるのであれば、してあげてほしい」
 と思うようになったように思う。
 それは、
「昔の自分たちの行為に対して反省があるのだろうか?」
 ということであるが、だからといって、
「間違っていた」
 とは思っていないだろう。
 思っているのだとすれば、もっと早くにそのことに気づくであろうし、そのことが、態度にも出るだろう。
 それがなかったということは、それだけ、
「お年を召された」
 ということであり、
「年齢とともに、気が弱くなられたのかも知れない」
 とも思うようになった。
 しかし、だとすれば、その思いを他人に押し付けるというのは、
「本当にありなのだろうか?」
 とも考えるのであった。
「家政婦なのだから、ある程度までは、ご主人に寄り添う気持ちになれるものであろうが、だからといって、責任を押し付けられる」
 というものではないだろう。
「家政婦としてできることということだけをしていればいいのか?」
 ということであるが、
「日本にはなかなかいないと言われるが、執事というような役割をする人というのも、家政婦の中にはいる」
 と言われている。
 執事といえば、一種の秘書のようなものではないだろうか?
 社長と思しき主人の、身の回りの管理というものを行うといってもいいかも知れない。
「仕事などのスケジュール管理であったり、健康管理、または、精神的な相談を受ける」
 などということを、
「誰よりも、主人に寄り添う」
 という形で行っている人である。
 それこそ場合によっては、
「影武者」
 というものになったりすることもあったであろうし、それこそ、
「二人三脚で足並みを揃える必要がある」
 ということになるだろう。
 この屋敷での
「ご主人様」
 というと、言わずと知れた、
「大旦那」
 ということになるが、その人には、
「執事に近い」
 という形の、秘書がいる。
 彼は、会社内だけのことだけではなく、家庭内においても、
「大旦那専属」
 ということで、仕えることになっているのだ。
 しかも、この
「執事に近い秘書」
 というのは、
「世襲」
 であった。
 今は会長になっている大旦那だったが、今の社長は、
「息子も娘もいない」
 ということから、しょうがなく、臨時ということで、
作品名:悪魔の微笑みの男 作家名:森本晃次