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世界の無限ループ

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 しかも、会社が、
「非正規雇用」
 という考え方になり、さらに、
「男女雇用均等」
 という考え方が当然のようになってくると、今度は、会社側が、
「主婦をパートで雇う」
 ということにもなってきたのだ。
「元々勤めていた会社にパートとして勤める」
 というのも多くなり、そもそも、結婚してから、
「寿退社」
 ということをせずに、そのまま会社に残り、
「パートとして勤務する」
 という人も多いだろう。
 会社としても、
「前からいた人なので、新しく業務を覚えてもらう必要がない」
 ということで、最初から、
「結婚してからの継続雇用」
 という考え方も増えてくるというものだ。
 そうなってくると、
「子供がいない家庭」
 ということであれば、かなり働きやすいということになるだろうが、子供がいるとなると、今度は、
「託児所」
 であったり、
「保育園」
 という問題が大きかったりする。
 つまり、子供がいると、
「親が預かってくれる」
 などということでもなければ、必ず、
「託児所」
 という問題が大きくなるのだ。
 バブルの崩壊というものが、
「いきなり巻き起こった事態だった」
 ということで、
「夫婦共稼ぎなどという事態は、予測できるものではない」
 ということであろう。
 つまりは、
「夫婦共稼ぎなどが当たり前の時代が来る」
 などということは、誰が予想できたというのだろう。
 つまりは、
「保育園」
 にしても、
「託児所」
 にしても、その受け入れ態勢など整っているわけはないということになるのだ。
 だから、子供を預けようと思っても、
「どこもいっぱい」
 ということで、預ける児童はたくさんいるのに、その預けるための施設であったり、保母さんなどの人員が、まったく間に合っていないということになるのだ。
 だから、当時は、
「待機児童」
 などという問題があったり、
「認可制」
 という保育園が、
「無認可で営業する」
 という問題が起こったりして、児童に何かが起これば、
「無認可の保育園」
 というところだったということから、社会問題になるということであった。
 だから、
「子育てというのも、バブル崩壊から先は、なかなかうまくいかない」
 ということになるのだ。
 そうなると、
「子供を産んでも育てきれない」
 ということから、
「子供を作らない」
 という問題になる。
 となると、
「そもそも、結婚する意味があるのか?」
 ということから、結婚しない男女が増えたり、結婚していても、離婚する夫婦が後を絶えないということになるのだった。
 だから、平成になってからすぐくらいに、
「成田離婚」
 などという言葉が出てきたりした。
 これは、
「新婚旅行から帰ってきて、すぐに離婚する」
 という、早期離婚を皮肉ったものだ。
 つまり、
「交際期間では、お互いのいいところしか見えていないので、結婚までに、離婚など考える人はなかなかいないが、実際に結婚して一緒に過ごしてみると、それまで気づかなかった相手の悪いところが見えてくる」
 ということになるのだ。
 もちろん、
「成田離婚」
 という言葉のように、新婚旅行から帰ってすぐに離婚という人は少ないだろうが、
「新婚だと思っていた人が、実はすでに離婚していた」
 というのも、普通にあっただろう。
 奥さんが、
「寿退社」
 ということで、皆から祝福されて会社を辞め、華々しい結婚式というものを挙げたにも関わらず、すぐに離婚となると、
「恥ずかしくて、誰にも顔向けできない」
 ということであろう。
 旦那としても、
「会社から、結婚祝いをもらったり、こちらも結婚式を華々しく挙げたにも関わらず、離婚というのは、よほどのこと」
 ということである。
 特に、
「媒酌人を上司に頼んだ」
 という人は、よほどのことでもなければ、離婚などできるわけはないということだったに違いない。
 しかし、
「成田離婚」
 というものが当たり前ということになり、離婚する夫婦が当たり前ということになれば、
「離婚なんて、別にどうってことない」
 ということになるだろう。
 考えてみれば、
「会社だって、終身雇用ということで会社に入社してきたのに、会社から辞めさせられる時代」
 ということで、何でもかんでも、
「最初に入ったところや、結婚した相手と一生添い遂げないといけない」
 ということもないという時代になってきたのであった。
 スポーツなどもそうであり、特にプロ野球などで、特にピッチャーなどというと、昔は、
「先発完投型」
 というのが当たり前という時代だった。
 しかも、今では、
「毎週同じ曜日に登板」
 ということで、完投というものを考えることなく、
「百球限度」
 という考え方で、たとえ、
「完封ペース」
 といえども、球数が多くなれば、交代させるというのが当たり前ということであった。
 実際には、
「今までが、酷使しすぎた」
 ということでの、配慮ということになるのだろう。
 無理をさせすぎて、
「大活躍をしたが、肩を壊して、数年で引退の憂き目にあう」
 ということが多かった。
 それであれば、
「選手も使い捨て状態」
 ということであり、チームとしても、選手が育たないということにもなりかねない。
 ただ、
「今の時代が、甘やかしすぎなのかどうか?」
 というのは、何ともいえず、
「時代が変わった」
 という一言でいいのだろうか、疑問なところである。
 そういう意味で、スポーツの世界も、
「昔は神話」
 として言われていたことが、今では、
「ありえない」
 と言われるようになった。
 特に、
「練習中に、水は飲むな」
 と言われたのも、今では、
「昭和のありえない伝説」
 と言われている。
 当時とすれば、
「バテるから」
 ということで、水を飲まないようにしてきたが、実際には、時代が変わったということよりも、
「異常気象」
 というものが大きな理由となっているだろう。
 昔であれば、
「どんなに暑くても、33度くらいが最高」
 という時代だった。
 なんといっても、
「クーラーなしで過ごせた」
 という時代だったからだ。
 しかし、次第に、
「地球温暖化」
 と言われるようになり、さらには、
「地球沸騰化」
 とも言われるようになると、今度は、最高気温が
「35度」
 をはるかに超え、
「38度以上」
 という、体温越えというのも、当たり前になってきたのだ。
 昔は、
「あまりクーラーに当たると、クーラー病にかかる」
 ということで、バテてしまうと言われていた。
 しかし、今は、
「適度に水分を取って、暑いときは、我慢せずにクーラーを入れる」
 というのが当たり前になってきたといってもいいだろう。
 というのは、昔は、
「日射病に罹ってしまう」
 といっていたが、今では、
「熱中症になる」
 と言われる時代になった。
 ニュアンスは似ているが、日射病と熱中症とでは、性質がまったく違っている。
「日射病」
 というのは、直射日光を頭などに浴びて、頭が高温になってしまうことであるが、熱中症というのは、
「身体に熱が籠ってしまう」
 ということで、
作品名:世界の無限ループ 作家名:森本晃次