世界の無限ループ
「国民にとって、政治を開けた形で行う」
という政党は、
「この国を任せてみるにふさわしい最後の砦だ」
と考えるようになった。
それが一種の正解であり、政治は少しずつ良くなっていった。
この政府の一番の特徴というのは、
「外国に頼らない」
ということであった。
我が国の歴史というものを考えた時、
「封建制度の時代」
という時に、
「鎖国」
ということで、国を閉ざしてしまったことがあった。
しかし、その時代があったせいで、
「この国は、海外の文明から取り残された」
と考えられてきた。
実際に、列強と呼ばれる国が世界を分割している時、我が国は完全に乗り遅れたということだったからだ。
ただ、それは、世界が、
「弱肉強食」
という時代だったからであり、その世界に我が国も挑戦する形で挑んでいくには、
「海外に学ばなければいけない」
ということから、自ずと。
「鎖国というものがまずかった」
という考えになるのである。
それを考えると、
「この国は、出遅れたことで、焦ってしまい。最後には、世界大戦で無条件降伏するということになる」
ということになったのだとされる。
しかも、
「敗戦国」
ということで、
「勝者の理論」
というものを押し付けられた。
だから、それが歴史研究において、
「鎖国をしていたことがまずかった」
という結論に、ほとんどの人がなるだろう。
当時は、
「攘夷」
ということで、最初は、
「外国打ち払い」
というものが、大半の意見を占めていたが、それが、
「外国に学ぶ」
ということになったのは、
「その国力に違いがあり、外国にはしょせん敵わない」
という考えからであった。
だから、
「海外と仲良くし、吸収できるものを吸収する」
ということで、将来的に、
「不平等条約を解消させるために、この国が自立してもやっていける」
ということを、諸外国に示さなければいけないということであった。
だから、
「殖産興業」
ということで、産業を豊かにするということと、
「富国強兵」
ということで、
「安全保障を自分の国で賄える」
ということを推し進めるということになるのだった。
それこそが。
「海外と対等に付き合える」
という、
「先進国を目指す」
ということを前提に考える、国家体制だということであった。
だから、最初は、海外にへつらう形であったが、不平等条約を解消するまでになると、今度は、
「植民地を求める」
ということで、海外に進出していくことになるのだが、何しろ、
「時代が遅かった」
ということで、諸外国が我が国の進出を許さない。
結果として、戦争に巻き込まれ、
「亡国となる」
ということになるのだ。
その歴史を考えると、
「鎖国をしていた時代がまずかった」
と考える人もたくさんいるだろう。
しかも、戦争に負けてしまったことで、敗戦国のレッテルを貼られたことで、それこそ、
「開国当時のように、また一から、我が国の体制を作り直す必要がある」
ということから、
「海外にへつらうことになる」
ということである。
しかし、この国は、戦争に負けたことで、
「戦勝国から、洗脳される」
という形になり、気が付けば、
「戦勝国の、植民地」
という形になってしまった。
そう、
「開国当時の不平等条約ほど、露骨なっ条約ではないが、少なくとも、わが国には、主権というものがない」
というような不平等条約で、見方によれば、
「植民地と同様だ」
と言われるようになったのだ。
だから、今でも、
「我が国の政府は、外交において、諸外国に逆らうことはできない」
ということになっている。
しかも、
「平和憲法がある」
ということで、
「この国を守ってやるから、我が国のいうことを聞け」
というようなことを言われ、それを国民も政府から信じ込まされているというようなことになっているのであった。
それを、最近になって、
「隣国による侵略行為」
というものがあからさまになってきたことから、
「我が国の安全保障はどうなっているのだ?」
ということで、今さらながらに、
「平和憲法が正しいのか?」
という問題が出てきたということだ。
つまりは、
「この国を守ってやる」
というのは、今ではほとんど有名無実ということで、その後の、
「我が国のいうことを聞け」
という部分だけ残ってしまったのであった。
国民もさすがにそのことが分かってきたということで、
「改憲問題」
なども表に出てきた。
ただ、
「それでも、海外にへつらう」
ということがなくならないというのはどういうことか?
ということが言われるようになり、次第に、政治そのものというよりも、まわりから、
「外国の勢力に対して異を唱える」
という考え方がしみついてきたということになるのであった。
その一つとして、
「国際結婚禁止令」
というものの発想が生まれたということであった。
大団円
そんな
「国際紛争を生む」
というような状態にある国ということで、諸外国からは、当然のことながら、
「目の敵にされる」
ということであったが、
「それも、国内の政治をよくする」
という考えからでは、
「仕方のないことだ」
と言われるようになっていた。
ただ、一つの問題としては、
「国が世界から孤立するということの問題」
というのもしっかりと見ていく必要があるということである。
かつての戦争が起こった時、そもそもは、
「安全保障の観点」
ということで、半ば強引に、
「傀儡国家」
というものを築き、諸外国の権益というものを阻害しそうな形になったことから、
「世界からの孤立」
というものを余儀なくされた。
しかし、その時我が国は、
「諸外国に対して、説明努力をあまりすることがなく、孤立の道を選んだ」
のであった。
それは、
「他の同盟国を信じ切ってしまった」
ということからなのか、
「それとも、いずれは、諸外国を相手に一戦交える」
というくらいの自信が国防にあったということなのであろうか。
とにかく、
「無謀な孤立をしてしまった」
ということから、
「世界全体を敵に回す」
ということになったのだ。
同盟を結んだ国といっても、せっかく利害が一致していたのに、急に、その利害を反故にするような戦略を討ってきたということで、結局は、
「同盟など、何の役には立たず、却って、同盟国との関係から、諸外国より、さらに目の敵にされた」
ということで、結果として、
「袋叩きにあう」
ということになったのであった。
その思いがあることもあって、我が国において、
「世界からの孤立」
というものを、極端に嫌うということになるのだろう。
そもそも、
「開国をした時」
というものだって、
「諸外国にはとてもかなわない」
ということを、すぐに理解したということが、大きかったといってもいいだろう。
それが、我が国というものの安全保障の基礎だったということを考えると、
「やはり、諸外国との仲をうまくしておかないと危険である」



