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時系列に沿った別世界

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「スピードを持った動きの上にいる」「
 ということで、そこから降りることはできない。
 同じスピードということであることから、それこそ、
「交わることのない平行線」
 ということになるのだ。
 その平行線というのは、
「追われる方に、追いつかれることはないという余裕を与え、追う方に追いつけないというあきらめを与える」
 ということではない。
 最初から分かっていることだということで、それ自体は、
「追いかけっこ」
 ということではなく、
「循環ということになるのではないか?」
 と考えられるのである。
 それこそが、
「自然の摂理」
 と言われる考え方であり、
「それぞれの世界の中で、同じように存在していて、共通ともいえる考えなのではないか?」
 と言われているのだ。
 それぞれの世界では、
「同じように存在しているものでも、考え方がまったく違ったり、その存在自体が微妙に違ったりする」
 というのが当たり前であった。
 逆に、
「考え方や存在が同じでも、その存在理由であったり、意義にまったくの違いがあるものもある」
 ということだ。
 その考えが、
「それぞれの世界の存在を、一般市民が知ることになるための納得をさせない」
 ということにつながるというものである。
「自然の摂理」
 という考え方の中に、
「こっちの世界」
 では、
「ロボットというものが存在していて、しかも、そのロボットが、中心にいる」
 ということであり、
「この世の人間」
 からすれば、容易に容認できるというものではないだろう。
 確かに、
「違う世界」
 ということなので、簡単に口を出すわけにはいかないが、それでも、納得はいかない。
 それがなぜかというと、
「未来の自分たちの世界」
 という発想があるからであろう。
 なんといっても、
「ロボット開発」
 において、どうしても、先に進まない理由として、
「ロボット工学三原則」
 というものがあるからである。
 これは、
「理想の人間を作ろうとして、手違いから怪物を作り出してしまった」
 という。SF小説からの発想であった。
 なんといっても、
「理想の人間を作るということで、人間よりも優秀で、頑丈なものということなので、それが、怪物であったり、悪魔になってしまう」
 ということであれば、たまったものではない。
「できてしまえば、もう後戻りをすることはできない」
 ということだ。
 それは、
「タイムマシンの開発」
 というものにも言えることであり、
「文明が一つでも先に行く」
 ということは、それだけ、リスクが大きくなるということの現れではないだろうかと考えられるのだ。
 文明というものが、いかに、
「人類の発展に不可欠なものだ」
 ということであっても、実際には、
「脆弱なものである」
 ということに変わりはなく、それが時系列において、
「先にいくほど、リスクは高まる」
 ということになる。
 この発想が、いずれは、
「盛者必衰」
 であったり、
「諸行無常」
 という考えに至るということではないだろうか。
 つまりは、少なくとも、この世においては、
「それくらいのことは、昔の人間にも分かった」
 ということであり、逆にいえば、
「分かり切っていることを、そのままにしてきてしまった」
 ともいえるのではないだろうか?
 だからこそ、
「人類の先の未来」
 というものを知りたいと考えるのも当たり前のことだといえるだろう。
 ただ、
「未来を知る」
 ということも、それなりのリスクの高いことだといえるだろう。
 実際には、
「タイムマシンの開発」
 というものが、その障害に当たるということである。
「タイムマシンを作った場合のリスクと言われているもの」
 ということで、
「タイムパラドックス」
 というものがある。
 これは、
「過去を変えてしまうということの恐ろしさ」
 を、分かりやすく納得させるものである。
 その考え方というものは、
「過去を変えてしまうと、過去から未来に向かう発想が変わってしまい、今存在している自分たちが消えてしまうということになりかねない」
 という発想である。
 つまり、
「過去を変えるのが自分たちであれば、変えてしまったことで、自分たちが消えてしまうと、変わった未来において、過去を変える人間がいない」
 ということになる。
 そうなると、
「辻褄が合わない」
 ということになり、それが、
「タイムパラドックスだ」
 と言われるのだ。
「このような辻褄が合わないことが時系列に起こったら、ビックバンを起こして、世界は消滅してしまう」
 というような都市伝説が、まことしやかに囁かれるということになるのであった。
 ただ、これは、あくまでも一つの考えということであり、
「辻褄が合うように、時系列が操作してくれる」
 という発想が生まれるということも考えられるというものだ。
 だから、
「過去を変えた」
 としても、
「自分が生まれてこない」
 という発想は、正直強引であり、これでは、
「タイムパラドックスという考えを証明する」
 ということのためだけに、
「過去を変えると、自分が消滅する」
 というような言い方をしているとすれば、それは、あくまでも、
「都合のいい発想」
 というものを作ろうとしていることになるのではないだろうか?
「人間は、過去を知る」
 ということはできるが、
「未来を知ることはできない」
 という発想から、
「タイムパラドックス」
 というものを恐れるあまり、
「過去に行く」
 ということは許されないと言われるようになり、逆に、
「未来に行く」
 ということに関しては、あまり何も言っているわけではない。
 実際には、神が作ったと言われる世界においては、未来を知ることはできないというsh会であることから、
「未来に行くタイムマシンの存在」
 というものこそが、別の意味での、
「タイムパラドックスである」
 といえるのではないだろうか?
 そもそも、
「タイムパラドックスの問題」
 というのは、
「過去に行って、歴史を変えた。そして、未来が変わってしまったことで、自分が存在しないかも知れない」
 ということである。
 つまりは、
「変えてしまった過去から先の未来が変わった」
 ということで、今の世界に起こっていることは、
「本当は何かの力で変えられている」
 ということになるのかも知れないが、それについて、誰も何も言わない。
 というのは、
「誰も、未来を知らないからだ」
 といえるのではないだろうか?
 過去から見た時系列としての未来である現在を知っているから、
「変わってしまった」
 ということが分かるわけで、実際に未来を知らない自分たちに、普通に時系列で時間が動いているというのだから、
「タイムパラドックス」
 という発想は、根本から変わってくるといってもいいだろう。
 そう考えると、
「もっと罪悪なことがあり、納得いかせるための発想ということ」
 ということであれば、それは、
「未来というものを知るということは許されない」
 といえる。
 それこそが、
「別の意味での」
 いや、
「本来のタイムパラドックス」
作品名:時系列に沿った別世界 作家名:森本晃次