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人死に

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「大人への最終試験」
 という考え方もできるということであろう。
「中の上」
 というものと、
「上の下」
 というものは、明らかに後者の方が上だといえるだろうが、それぞれのランクの中では、果たして、そう言い切れるかということは、
「ランク分けによって決まってくる」
 ということから、
「受験」
 というものが、そもそものランク分けということになる。
 ということから、ある意味、
「必要不可欠なものだ」
 ということになるだろう。
 そして、これが大人への階段としての、評価にもつながるということであれば、
「受験戦争」
 というもののあり方に対しては、考えるべきものがあるということであろうが、
「完全ある悪」
 ということで考えるとすれば、
「それはありえない」
 ということになるだろう。
 だから、学生時代に、
「明確に分かりやすい受験勉強」
 というもので、ランク分けをすることで、実際に社会に出てから、その人それぞれの役割というものを明確にするという意味での発想は、
「一石二鳥の考え方」
 といえるのではないだろうか?
 実際に、最初にそのことを考えるとすれば、
「就職活動なのではないか?」
 といえるだろう。
 就職活動で一番の重点ポイントは、
「面接」
 というものだ。
 もちろん、筆記試験というのもあるにはあるが、一般常識に近いものが多く、あくまでも、
「知識レベル」
 ということで、重要視されるのは、面と向かって行う、
「面接」
 というものだ。
 その面接において、ペーパーテストのような、
「答えが一つしかない」
 というものはない。
「相手がほしがっている回答をいかに納得できるように説明できるか?」
 というのが、その合否につながるということである。
 もちろん、その答えも一つではない。場合によっては、
「正論出ない方がいい場合もある」
 というのは、
「面接官とすれば、意地の悪い質問をしておいて、いかに相手がその問題に対応できるか?」
 ということであり、
「もし、少数意見ということであっても、相手が納得のいくものであれば、正解になる」
 ということである。
 逆に、それを、
「無理を承知で、相手が絶対に正論を欲しがっている」
 と考えて、強引に正論を述べた場合というのは、
「まず、相手を納得させることはできないだろう」
 と考えられる。
 だから、無理することなく、
「相手を納得させられる答え」
 というものを用意できるかということに掛かっているといってもいいだろう。
 そのことは、
「社会人になってから気づく」
 という人も少なくはないだろう。
 営業というのは、
「きれいごとだけではうまくいくということはない」
 というもので、
「どんな手段を用いても、相手を納得させ、安心させることができれば、相手は、乗ってくる」
 というものだ。
 それを分かっていないで、正攻法だけで押したとしても、他の営業に、納得させられた後では、あしらわられて終わりということになるだろう。
 それを思えば、
「営業というものは、誰にでもできるものではない」
 つまりは、
「向き不向きがある」
 ということになるのであろう。
 だから、
「最近は、自殺する人が多い」
 という話が出てくるのであった。
 営業先の人との世間話においても、
「最近は物騒な世の中になった」
 という話から、
「自殺者が多い」
 という話になるパターンが多い。
 それは、
「自分も例外ではない」
 ということを、お互いに感じているからではないだろうか?
 社会人になって、特に最初の一年間というのは、
「一度くらいは、自殺しようと思ったことがある」
 という人が結構いるのではないだろうか?
 自殺というと大げさであるが、
「学生時代との違い」
 というものをもろに納得させられたという思いと、先輩などからも、
「まだ、学生気分が抜けていない」
 とハッキリ言われれば、いやでもショックを受けるというものだ。
「学生との違いをいやというほど味わっている」
 と思っているのに、追い打ちをかけるように言われるというのは、たまったものではないと考えるのであった。
 だから、
「ある時期になると、自殺者が多い」
 ということが言われている。
 地域によって違いがあるのかも知れないし、感じる人間によっても違う気がした。
 河村の感覚としては、
「秋が近づいてきたくらいの頃」
 という意識があり、それを感じるのは、
「電車での人身事故が増えた」
 という時期であった。
 都心部では、どうしても、
「公共交通機関」
 というものが、一番の機関といってもいいだろう。
 そんな中で、
「通勤ラッシュの時間帯」
 などに、人身事故というものが起こると、
「その原因は、ほとんどが自殺」
 ということになる。
 鉄道会社も、ニュースでも、
「人身事故」
 としか言わない。

                 他人事

 しかし、自殺であれば、その理由は分かるというものだが、
「自殺以外」
 ということになればどうだろう?
「自殺であれば、自分から飛び込んだ」
 ということで、他の人にはあまり関係はないといってもいいが、これが、
「事故や事件」
 ということであれば、どうだろう。
 自殺以外の事故ということであれば、問題として、
「鉄道会社の安全管理」
 というものが問題化するということになるだろう。
「国土交通省から、監査が入る」
 ということで、その監査の状況が社会問題になるということである。
 なんといっても、
「鉄道会社の怠慢が死亡事故を引き起こした」
 ということであれば、これは、
「人災だ」
 ということになるからだ、
 当然、鉄道会社がその賠償を引き受けることになり、死んだ人に対しての賠償問題がクローズアップされ、その対応がまずかったりすれば、完全に、
「マスゴミの餌食」
 ということになるだろう。
 そうなると、へたをすると、
「鉄道会社の存続も危うくなる」
 ということになるのではないだろうか?
 それを考えると、
「人身事故の場合の鉄道会社の責任」
 というのは、
「乗客全員を巻き込む」
 ということで、その対応が、長きにわたるということになるだろう。
 人身事故ということであれば、
「その日だけ、ダイヤの乱れに対して、対応すればいい」
 ということになる。
 しかも、
「鉄道会社は、自殺に巻き込まれた被害者だ」
 とでもいえば、なんとでも被害者面ができるというものだ。
 ただ、実際には、
「鉄道会社というのは、人身事故というものが起これば、人身事故でなくとも、鉄道を遅延させたということであれば、その賠償を請求できる」
 ということである。
 だから、
「被害者面もできて、さらに、金もとれる」
 ということで、それがどういうことを意味するかということは、一目瞭然と言えるだろう。
 しかも、
「事故で本人が死んでも、その請求は家族にも及ぶということで、それこそ、やくざによる借金取り立てというものよりも、さらに悲惨な状況が待っている」
 といえるだろう。
 また、これが事故や自殺ではないとすれば、後考えられるのは、
「殺人」
作品名:人死に 作家名:森本晃次