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人死に

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 というのも、都心部では、車の方が、渋滞に巻き込まれたり、駐車場が不足していたり、駐車場があっても、有料ということで、それなら、公共交通機関の方がいいだろうということで、営業は皆、電車やバスを使っていた。
 だから、
「直行直帰」
 というのが許される。
 そうなると、一度会社に行って、車に乗らなくてもいいということで、安心であった。
 ただ、交通費精算であったり、会議に出席ということがあるので、週に二度、決まった曜日に、朝会社に出社することになっている。
 最初は、
「二度でいいのか」
 と思っていたが、慣れてくると、
「二度も会社に行かなければいけないのか」
 と思うようになり、悪いというわけではないのだが、感覚的に、
「一週間があっという間に過ぎてしまう」
 という感覚になってきた。
 新人の頃は、
「すぐに休みが来る」
 ということで嬉しかったが、少し慣れてくると、
「休みよりも、自分の仕事のペースが崩れる」
 という方がいやになり、それではということで、余計に自分のペースで仕事をするということが重要だという風に気づくようになってきた。
 得意先の数などを考えると、一週間で、すべてを網羅するということは不可能だった。実際に、
「訪問計画」
 というものを建てると、実際の営業時間も加味して考えた場合、
「二週間でワンクール」
 という感覚であろうか。
 もちろん、営業時間は、その案件や、相手によってさまざまなので、一概には言えないので、
「いつも二週間」
 とはいかないだろうが、実際に計画した内容を加味して行動すれば、
「何とか計画通りの範囲内で行動できる」
 ということになるのだった。
 この街は、いわゆる、
「政令指定都市」
 ということで、区というものもあり、大都会の端くれといってもいいだろう。
「地域で一番の街」
 ということで、
「大都会の象徴」
 というものは、公共交通機関とすれば、整っているといってもいいだろう。
「高速道路はもちろんのこと、地下鉄、新幹線なども通っていて、空港も、全国主要土地にも向かうし、国際空港も別に建設されている」
 というところである。
 そんなところなので、
「営業には、社用車よりも、公共交通機関を使う」
 というのも当たり前ということである。
 そんなこともあって、
「公共交通機関もさることながら、なんといっても、ビル街にたくさんの営業先がある」
 ということで、結構徒歩が多くなるということである。
 今ではすっかり慣れてきたが、最初の頃は、先輩に同行しての外回りは、徒歩というだけで、気が滅入ったものだった。
 実際に、営業に回ってみると、いろいろな営業相手がいる。
「この人と話すと楽しい」
 と思うのは、相手から、いろいろな情報が得られるという時で、お互いに、利害が一致している時というのは、会話をしていても、時間を感じさせることはない。
 しかし、そんな人ばかりではなく、
「少しでも、相手のあらを探す」
 というのか、盲点をついて、少しでも安く賄おうという人もいて、まるで、
「生き馬の目を抜く」
 とでも言っていいのか、油断していると、完全に相手の思うつぼになってしまうだろう。
「それが営業というもの」
 ということになり、
「だからこそ、営業は誰にでもできるものではなく、向き不向きがあるということになる」
 ということなのだろう。
 それを考えると、
「一応営業手当というのはあるが、本当であれば、もっとほしいくらいだ」
 と思っているのだった。
 河村は、
「自分が営業に向いているかどうか」
 というのは、分からない。
 しかし、それでも、今のところ、5年という歳月を無難にこなせているのは、
「少なくとも、向いていないということはないのではないか?」
 と思えるのだった。
「相手に恵まれている」
 ということなのか、それとも、
「営業内容が自分と見合っているのか?」
 ということであろうが、とりあえず5年という期間を全うできたことで、自分に自信がついてきた。
 そもそも、
「3年できれば、それからもまだ続けていられる」
 ということの証明であり、
「5年続けば、それなりに自信を持っていい」
 といってもいいと考えていたのだ。
 その5年というものをこなしたことで、今度は、
「別のスタートラインに立っている気がしてきた」
 そのラインが、見えるようにはなったが、明確な気がしない。その理由というのが、
「ゴールがハッキリとしない」
 ということで、見えているはずのものが、どこまで見えているのかが分からないということであり、そこに、遠近感であったり、ビジョンとしてのバランスが見えてこないということになると思っている。
 それはあくまでも、
「いまだ道半ば」
 ということを示しているのであり、さらに、よく聞かれることとして、
「百里の道は九十九里を半ばとす」
 という言葉があるが、逆にいえば、
「半分を過ぎると、そこから先は、なかなか進んでいるようには見えなくなる」
 というような、
「苛立ち」
 というものが支配する道ということになるのではないかと感じるのであった。
 だから、
「道半ば」
 と思った時に、一度立ち止まり、後ろを振り向いた時、自分が歩き始めたその場所と、「その距離を目に焼き付けたうえで、また前を見直すと、歩き始めた道と同じ場所にゴールがある」
 として見ることで、
「見えなかったものが見えてくる」
 という感覚になるのではないかと感じるのであった。
 それが、
「人生という道ではないか?」
 ということを、学生時代にいつも思っていたはずなのに、最近では、
「たまに思い出す」
 という程度になった。
 しかし、たまにであっても、思い出すというのは、まだマシな方だといえるのではないだろうか?
 学生時代にそのことを最初に感じたのは、部活の合宿で、大学のグラウンドがある田舎道だった。
「後にも先にも、あんな田舎を味わったことはない」
 と思えるほどのところで、実際に、夜になると明かりがまったく見えないほど、民家もないという田舎には、正直驚かされたといってもいいだろう。
 大学の本校は、都会の県庁所在地内にあった。
 さすがに、ビル街が密集する中心部ということではなく、市街地からは、外れにあったが、交通の便も十分によく、
「授業が終われば、皆で都心部に遊びに行く毎日」
 というのが恒例だった。
 そんな時、サークル合宿で行った田舎道で、今から思えば、舗装もされていない箇所もあったほどで、あまりのギャップに、
「普段考えないような発想が生まれたのだろう」
 ということから、その発想が、今でも、自分の中で、
「考え方のスローガン」
 として残っているのは、ある意味、不思議な感覚といってもよかった。
 あれは、そんな田舎道に感動する前だったか後だったか、逆の意味で、ショックな出来事というのがあったのも覚えている。
 そもそも、その二つが対として意識されていることで、余計に、
「どちらも忘れられない事実」
 ということで意識の中に残っていることであろう。
 その、ショッキングなことというのは、
作品名:人死に 作家名:森本晃次