人死に
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、説定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。今回もかなり湾曲した発想があるかも知れませんので、よろしくです。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。呼称等は、敢えて昔の呼び方にしているので、それもご了承ください。(看護婦、婦警等)当時の世相や作者の憤りをあからさまに書いていますが、共感してもらえることだと思い、敢えて書きました。ちなみに世界情勢は、令和6年10月時点のものです。お話の中には、事実に基づいた事件について書いていることもあれば、政治的意見も述べていますが、どちらも、「皆さんの代弁」というつもりで書いております。今回の事件も、「どこかで聞いたような」ということを思われるかも知れませんが、あくまでもフィクションだということをご了承ください。
プロローグ
「予知夢」
と呼ばれるものが、世の中にはある。
それを、
「正夢」
と呼んでいい者かどうなのか、難しいところであろう。
ただ、よく考えてみると、その違いというのは歴然としていて、納得すれば、
「ああ、なるほど」
と考えることになるだろう。
確かに、
「未来に起こることを夢に見る」
という意味では、正夢も予知夢も同じだといえるだろうが、正夢の場合は、
「夢に見たことが将来にも起こる」
ということであり、予知夢の場合は、
「あくまでも、予知する夢ということであり、夢として、将来に起こること予知するものだ」
といっていいだろう。
だから、今回のような場合は、予知夢というよりも、正夢というべきなのだろうが、実際に、現実に起こったことが、夢と同じなのかどうかというのは、定かではない。
なぜなら、
「夢というのは、目が覚めるにしたがって、次第に忘れていくものだ」
ということであり、これを、
「正夢だ」
と思ったとしても、半分曖昧になってしまった夢が、本当なのかどうか怪しい。
それこそ、
「現実に起こったことの印象が強く、その印象に夢の記憶が引っ張られてしまっているのかも知れない」
と感じてしまうと、結局は、
「予知夢だったのかも知れない」
と思うことで、その夢が曖昧であればあるほど、予知夢に近くなるだろう。
しかし、予知夢というものが、予知という言葉に引っ張られ、まるで超能力の一種であるかのように思えると、正夢というものよりも、さらに神秘性を増すといっても過言ではないだろう。
その日は、
「何か夢を見たが、どんな夢なのか覚えていない」
という感覚があった。
この感覚は今までにも何度もあったものであり、珍しいというものではなかった。だから、夢を見たとして、それを覚えていないということを不思議に感じたり、逆に、夢を見たという感覚を覚えているということに違和感はなかったのだ。
ただ、
「何か嫌な予感がする」
と思ったのは、
「それがあまりいい夢ではなく、その夢が現実になるかも知れない」
ということを自覚しているからではないかと感じたのだ。
今までに見た夢というものが、正夢だったのかどうか、自分の中では、
「多かったような気がする」
と思っていた。
しかし、それは、人と比べてという感覚であるが、正夢に対して人と話をしたことがなかった。
なぜなら、
「正夢というのは、忘れていく夢の中で、かすかにでも、夢に見たという感覚がなければ、成立しないものだ」
という感覚がないといけないと思うからである。
だから、誰かと正夢について話をしたとしても、
「どうせ、相手にされないだろう」
と思うからであった。
実際に、今まで正夢について話をしたことがあったのは、大学時代の友達だった人とだけであり、それも、他の話からの派生として出てきたもので、
「話のついで」
ということだったのだ。
だから、必要以上に、話を盛るということもなかったので、余計に、本音の話ができたというものであった。
それだけに、思いの丈というものを絞り出すことができたともいえるだろう。
他の人に対しては、
「こんなことをいえば、バカにされるだろう」
ということを、この人であれば、会話が成立すると考える人がいれば、きっと、相手も同じことを思ってくれているはずで、会話は次第に盛り上がるに違いない。
そう思っていると、実際に会話の幅が広がってくるもので、時間の感覚もマヒしてしまっているかのように、
「夜を徹して語り合おう」
などというのも、普通にありだったりする。
そんな時の夜というのは、
「まだまだ寝るのがもったいない」
とお互いに思っていて、
「寝るくらいだったら、酒を飲んだり、何かを食べたりする方が楽しい」
と感じるに違いない。
あくまでも、大学時代までのことで、就職してからは、大学時代の友達とも、疎遠になり、なかなか会うこともなくなった。
「ずっと親友でいられる」
と思っていたが、
「それだけ、学生時代と就職してからというのは、環境が変わってしまう」
ということになるだろう。
河村正治は、今年就職してから5年が経った、年齢とすれば、28歳になっていた。
都心部の雑居ビルに営業所を構えている、
「地元大手と言われる商社」
に勤めていた。
大学時代の成績から考えると、
「よく入れたな」
と言われるかも知れないが、コネがあったわけでもないのに、自分でも、
「よく入社できた」
と思っている。
何か、面接官の心をつかむようなものがあったのか、そこは分からないが、思ったよりもスムーズに入社できたことで、最初の2年くらいは、少し会社でも、自分の立場に不安を感じていたが、5年経ってからも、普通に勤務できていることから、そんな不安も、次第に消えていくのであった。
「考えすぎだったのかな?」
と思い、今では、
「会社から期待されている」
という思いを、半分は信じるようにしていた。
今は、外回りがほとんどだが、そのうちに、役職がついてくると、内勤が多くなるかも知れない。
どちらかというと、
「外回りの方が、変化があっていい」
と思っていたので、今のところ、
「このままの方がいいな」
と感じていた。
だが、実際に、どこまでこのまま行けるのか分からないこともあり、結局は、
「絶えず不安な心境でいる」
ということに変わりはなかった。
そんな河村は、
「普段から、心配性なところがあるが、今までのところ、その心配症に似合ったような本当の心配事は起こっていない」
ということで、自分の中で、
「ただの心配性というだけではないか」
と思うようになってきた。
実際に、就職してここまで、何事も悪いことはなく、
「事なきを得ている」
という感じなので、それまでの自分と違い、少し楽天的な性格というものが生まれてきているように思えるのであった。
外回りは、社用車を使うわけではない。徒歩や公共交通機関であった。
プロローグ
「予知夢」
と呼ばれるものが、世の中にはある。
それを、
「正夢」
と呼んでいい者かどうなのか、難しいところであろう。
ただ、よく考えてみると、その違いというのは歴然としていて、納得すれば、
「ああ、なるほど」
と考えることになるだろう。
確かに、
「未来に起こることを夢に見る」
という意味では、正夢も予知夢も同じだといえるだろうが、正夢の場合は、
「夢に見たことが将来にも起こる」
ということであり、予知夢の場合は、
「あくまでも、予知する夢ということであり、夢として、将来に起こること予知するものだ」
といっていいだろう。
だから、今回のような場合は、予知夢というよりも、正夢というべきなのだろうが、実際に、現実に起こったことが、夢と同じなのかどうかというのは、定かではない。
なぜなら、
「夢というのは、目が覚めるにしたがって、次第に忘れていくものだ」
ということであり、これを、
「正夢だ」
と思ったとしても、半分曖昧になってしまった夢が、本当なのかどうか怪しい。
それこそ、
「現実に起こったことの印象が強く、その印象に夢の記憶が引っ張られてしまっているのかも知れない」
と感じてしまうと、結局は、
「予知夢だったのかも知れない」
と思うことで、その夢が曖昧であればあるほど、予知夢に近くなるだろう。
しかし、予知夢というものが、予知という言葉に引っ張られ、まるで超能力の一種であるかのように思えると、正夢というものよりも、さらに神秘性を増すといっても過言ではないだろう。
その日は、
「何か夢を見たが、どんな夢なのか覚えていない」
という感覚があった。
この感覚は今までにも何度もあったものであり、珍しいというものではなかった。だから、夢を見たとして、それを覚えていないということを不思議に感じたり、逆に、夢を見たという感覚を覚えているということに違和感はなかったのだ。
ただ、
「何か嫌な予感がする」
と思ったのは、
「それがあまりいい夢ではなく、その夢が現実になるかも知れない」
ということを自覚しているからではないかと感じたのだ。
今までに見た夢というものが、正夢だったのかどうか、自分の中では、
「多かったような気がする」
と思っていた。
しかし、それは、人と比べてという感覚であるが、正夢に対して人と話をしたことがなかった。
なぜなら、
「正夢というのは、忘れていく夢の中で、かすかにでも、夢に見たという感覚がなければ、成立しないものだ」
という感覚がないといけないと思うからである。
だから、誰かと正夢について話をしたとしても、
「どうせ、相手にされないだろう」
と思うからであった。
実際に、今まで正夢について話をしたことがあったのは、大学時代の友達だった人とだけであり、それも、他の話からの派生として出てきたもので、
「話のついで」
ということだったのだ。
だから、必要以上に、話を盛るということもなかったので、余計に、本音の話ができたというものであった。
それだけに、思いの丈というものを絞り出すことができたともいえるだろう。
他の人に対しては、
「こんなことをいえば、バカにされるだろう」
ということを、この人であれば、会話が成立すると考える人がいれば、きっと、相手も同じことを思ってくれているはずで、会話は次第に盛り上がるに違いない。
そう思っていると、実際に会話の幅が広がってくるもので、時間の感覚もマヒしてしまっているかのように、
「夜を徹して語り合おう」
などというのも、普通にありだったりする。
そんな時の夜というのは、
「まだまだ寝るのがもったいない」
とお互いに思っていて、
「寝るくらいだったら、酒を飲んだり、何かを食べたりする方が楽しい」
と感じるに違いない。
あくまでも、大学時代までのことで、就職してからは、大学時代の友達とも、疎遠になり、なかなか会うこともなくなった。
「ずっと親友でいられる」
と思っていたが、
「それだけ、学生時代と就職してからというのは、環境が変わってしまう」
ということになるだろう。
河村正治は、今年就職してから5年が経った、年齢とすれば、28歳になっていた。
都心部の雑居ビルに営業所を構えている、
「地元大手と言われる商社」
に勤めていた。
大学時代の成績から考えると、
「よく入れたな」
と言われるかも知れないが、コネがあったわけでもないのに、自分でも、
「よく入社できた」
と思っている。
何か、面接官の心をつかむようなものがあったのか、そこは分からないが、思ったよりもスムーズに入社できたことで、最初の2年くらいは、少し会社でも、自分の立場に不安を感じていたが、5年経ってからも、普通に勤務できていることから、そんな不安も、次第に消えていくのであった。
「考えすぎだったのかな?」
と思い、今では、
「会社から期待されている」
という思いを、半分は信じるようにしていた。
今は、外回りがほとんどだが、そのうちに、役職がついてくると、内勤が多くなるかも知れない。
どちらかというと、
「外回りの方が、変化があっていい」
と思っていたので、今のところ、
「このままの方がいいな」
と感じていた。
だが、実際に、どこまでこのまま行けるのか分からないこともあり、結局は、
「絶えず不安な心境でいる」
ということに変わりはなかった。
そんな河村は、
「普段から、心配性なところがあるが、今までのところ、その心配症に似合ったような本当の心配事は起こっていない」
ということで、自分の中で、
「ただの心配性というだけではないか」
と思うようになってきた。
実際に、就職してここまで、何事も悪いことはなく、
「事なきを得ている」
という感じなので、それまでの自分と違い、少し楽天的な性格というものが生まれてきているように思えるのであった。
外回りは、社用車を使うわけではない。徒歩や公共交通機関であった。



