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人死に

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「失敗すれば、トラウマが残る」
 とも感じていたのだが、逆にいえば、
「今の世界で、どうせ、女だけが人生じゃない」
 とまで思っていて、
「性欲なんて、いくつかある欲の一つだけ」
 と思っていたので、
「一人で済ませればいいことだ」
 などと思っていた。
 かなり、鬱屈した考えだとは思ったが、それこそが、
「双極性障害」
 というもので、そもそも、
「自己否定というものが一番よくない」
 と思ったことで、
「まずは一人で飛び込んでみる」
 と考えた。
 すると、
「自分から来ようと思ったのだから、堂々としていればいいんだ」
 ということで、気持ち的には楽だった。
 それなのに、ドキドキして手に汗を握りながら、手が震えているのは、どういうことなのだろう?
 それは、その感情すべてにおいて、
「逃げ出したい」
 と思ったとしても、それは、あくまでも、楽しみの一つということであろう。
「ひょっとすっると、度胸というものも、すべてが、このドキドキ感から現れるもので、逆に、ドキドキ感があるからこそ、度胸などいらない」「
 といってもいいのかも知れない。
 だから、待合室でのひと時は、自分としては楽しいものだった。
 本当に逃げ出したいと思うくらいなら、
「時間がなかなか経ってくれない」
 と思うことだろう。
 しかし、最初こそ、
「なかなか時間が経たないな」
 と思っていたが、慣れてきたのか、待合室を楽しむという余裕すら出てきた。
「最初こそ狭いと感じた待合室だが、そうでもない」
 と感じたのは、
「最初は、待っている客が数人いて、狭苦しそうに思ったのだが、どんどんスタッフに呼ばれていくうちに、いつの間にか、一人になっていた」
 ということだったのだが、呼ばれていく人を、
「うらやましい」
 と思っていたが、その反面、
「よかった。まだ俺じゃないんだ」
 と、まだ心構えができていないことで、逆にホッとさせられた。
 そのうちに一人になると、今度は、
「次は俺だ」
 と思ったその時、やっと覚悟のようなものができたのだった。
 その時、急に昔のことを思い出した。しかも、その感覚は、
「昨日のことが、数年前のことのようで、逆に、思い出した昔のことが、まるで、昨日のことのように思い出された」
 というものだったのだ。
 それが、
「心の中の覚悟」
 というものと、
「開き直り」
 というもので、その二つが、
「本当は同じものだったのではないか?」
 と思えば、さっきまで、
「俺は精神疾患という病気なんだ」
 と考えていたことが、スーッと気楽になった。
「それが何だっていうんだ。気楽に行こうぜ」
 と、自分に言い聞かせていたといってもいい。
 しかし、一人になってから、今度は、
「今日一番の時間の長さを感じている」
 と思った。
 もっとも、
「これが、自分の待ち望んでいた感覚なのかも知れないな」
 と思えば、
「長い待ち時間というのも、悪くない」
 と感じたのだ。
 それが、
「心の余裕」
 というもので、心に余裕があるということは、
「時系列の感覚をマヒさせるんだ」
 と感じたのだ。
 ただ、この感覚は初めて感じたことではなかったはず。それはかつて感じたことであり、最初は、
「デジャブではないか?」
 と思ったがそうではなう、
「今まで病気だと思っていたことで、忘れてしまっていたことを、今になって思い出させる何かの力を思い出した」
 ということなのだと感じたのだ。
 そういう意味で、
「時系列の歪んだ感覚」
 というものと、
「デジャブ現象」
 というもの、そして、
「病気だと思っていたことで、その間のギャップが忘れていた記憶を思い出させることになる」
 ということで、
「精神疾患というものには、何か記憶の欠落というものが不可欠なのではないか?」
 と感じさせたのだ。
 つまりは、
「記憶の欠落」
 というものが覚めたところで、今度は、今まで眠っていた能力が出てくる場合があるというものこそ、
「躁状態と鬱状態」
 というものを繰り返す、
「双極性障害」
 という病気であり、その紙一重のところで、
「病気とは違う、不思議な能力を有する」
 という超能力のようなものが潜んでいるのかも知れないと感じたのであった。
 もちろん、
「そんなことを考えるから、病気だ」
 と言われるのかも知れないが、そもそも、精神疾患などというのは、まだまだ解明されていないことが多いということで、医者よりも先に患者がそのことに気づくということも、普通にあっていいのではないだろうか?
 そんなことを、その時の待合室で感じていたのだ。
 すると、どうやら、
「自分の世界」
 というものに入り込んでいたようで、
「お待ちのお客様、準備が整いましたので、ご案内いたします」
 と声を掛けられた。
 一瞬、
「何が起こったのか?」
 と感じたが、我に返ったということを感じさせられた。
 そして、
「その間があっという間だった」
 という感覚で、それこそ、
「夢から覚めた」
 ということを感じさせられたということだったのだ。
「夢から目が覚めた」
 という感覚ではなかった。
 それは、あくまでも、
「寝ている時に見た夢から覚めた」
 という感覚ではなく、見ていた夢というのは、寝ていて見た夢ではなかったのだ。
 というのは、夢から覚めた時、
「目が覚めている」
 という感覚があったわけではなく、だからこそ、
「目が覚めるにしたがって夢を忘れていく」
 という感覚はなかった。
 まるで、
「夢など見ていなかった」
 といってもいいくらいなのに、意識としては、
「夢から覚めた」
 とは思ったのだ。
 その時に感じたのは、
「夢から覚めた」
 ということで、これが寝て見ている夢であれば、
「同じ夢を見るということはできるかも知れないが、この夢の続きは二度と見ることはできない」
 と感じるからだった。
 しかし、この時には、
「どんな夢だったのかな?」
 とは思ったが、
「近い将来。今見ていた夢の続きというものを見ることができるのではないだろうか?」
 ということを感じたのだ。
 だから、
「スタッフの声で夢を邪魔された」
 と思ったが、
「逆にまた続きが見られる」
 と感じたことで、感謝こそすれ、いらだつことはないのであった。
「お楽しみはこれから」
 ということで、スタッフに連れられ、通路を歩いていると、立ち止まったスタッフから、
「このカーテンの向こうに女の子がいます」
 と言われ、目の前にある黒い厚めのカーテンを見た時、気持ちが最高潮になったのだった。
「まるで、母親の羊水に帰っていくような気がするな」
 と、真っ黒いカーテンを見て感じるのはおかしなことだが、その時、それから、数分後に起こることを、ある程度想像できたという感覚だったのだ。
 だから、中に入って女の子と対面し、ベッドで、イチャイチャしていると、初めてのはずなのに、
「何か懐かしい」
 と感じさせられた。
 それを、
「デジャブだ」
 と思ったが、その瞬間、
「ああ、さっきのカーテンの前に差し掛かった時に感じたことだったのは、この感覚のことだったのか?」
 と感じたのだ。
作品名:人死に 作家名:森本晃次