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人死に

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 ということで、特に、
「衝動的な行動に出てしまう」
 という症状であれば、
「死ぬことも怖くない」
 ということから、衝動的に死んでしまうということもあるという。
 きっとそんな時は、
「自分が死んでしまった」
 と考える間もなく死ぬことができたということで、
「本来であれば、自殺をするには、本当に一番いい環境なのかも知れない」
 ということである。
 しかし、
「生きている人間にそんなことが分かるはずもない」
 生きている人間というのは、
「死ぬということが一番の罪悪だ」
 と教えられている。
 それは、キリスト教による戒律の感覚が及ぼしたものなのか、
「本人の意思や感情」
 というものよりも、
「倫理やモラル」
 というものが、優先されるということになるだろう。
 だから、
「精神疾患者」
 というものを保護しないといけないという感情があるにも関わらず、人によっては、
「精神異常者は、社会の敵」
 という、昔ながらの感覚を持っている人もいるだろう。
 もっとも、
「精神異常の患者が増えた」
 というのは、
「社会環境の悪化がもたらしたもの」
 ということで、
「すべてが、本人に理由があるわけではない」
 むしろ。
「そんな社会環境を作った政治家や、社会の中心にいる連中に問題がある」
 ということであろう。
 本来であれば、
「税金で食っている連中なのだから、社会の規範となり、社会を正しい方向にもたらす」
 ということが当たり前ということになるだろう。
 そんなことを考えていると、
「病気の、特に精神疾患というものの原因としては、本人にあるということではなく、社会であったり、社会を動かしている一部の責任のある連中が、問題なのではないだろうか?」
 ということになるのである。
 だから、
「彼がうつ病になった理由」
 ということで、彼の事情を知っている人は、
「幼児体験が大きな原因ではないか?」
 ということで、
「虐待によるものから」
 ということで、
「生まれてからすぐ」
 という、へたをすれば、
「先天的なもの」
 ということで、
「生まれながらに持っていた」
 と思われているかも知れない。
 だが、もっと考えれば、
「父親や母親が、それぞれDVであったり、虐待をしていた」
 というのは、
他人である二人が結婚したという中で。
「それぞれに、どこか似たところがあって、そこに気が付いた」
 ということでの結婚だったのかも知れない。
 だとすれば、
「結婚そのものが悪かった」
 ということで、最近は、
「結婚しない男女が増えた」
 ということから、
「本来であれば、結婚するべき人が結婚しない」
 ということで、河村の両親のように、
「結婚してはいけない人が結婚した」
 ということが悪かったということになるのであろうか?
 いや、別の考え方として、
「今の時代は、
「結婚したくないから結婚しない」
 ということではなく、実際には、
「結婚してはいけない男女」
 ということで結婚しないだけなのかも知れない。
 そう考えると、
「河村の両親が、結婚してはいけないのに結婚してしまった」
 ということで、
「結婚しなければいけない夫婦など、本当は存在しないのではないか?」
 といえるのかも知れない。
 それを考えると、
「うつ病」
 や、
「双極性障害」
 というものに限らない、精神疾患といわれる病気が、どんどん増えてきていて、それが、
「遺伝による」
 というものなのか、それとも、
「遺伝には関係のないことではあるが、先天性というだけではない問題」
 ということになるのかと考えられる。
 確かに、
「昔よりも、精神疾患が増えてきている」
 というように感じるが、そこで、差別というものは昔ほどないというのは、それだけ、
「時代が、寛容になる」
 ということの前触れなのか、それとも、
「昔は少なかっただけに、余計に特別視される」
 ということで、
「世の中の害」
 とでも言われていた証拠だろうといえるかも知れない。
「寛容」
 というのは、いいことなのかも知れないが、寛容になったことで、実際に、病気というものが増えてきても、それを、
「しょうがないことだ」
 ということで、
「病気が生まれる環境に寛容となる」
 ということであれば、それこそ、
「本末転倒ではないか?」
 といえるだろう。
「親の因果が子に報い」
 と言われるが、
「親が、子供を虐待する」
 ということは、まるで、
「その言葉を言い訳として証明させているかのように感じる」
 ということになるのではないだろうか?
「うつ病」
 を始めとする精神疾患というものは、
「自覚するかしないか?」
 ということで、大きく対応が変わってくるということになるだろう。
 おかしな発想ではあるが、自殺者を見てしまい、それを止めることができなかったことで、
「精神疾患になってしまった」
 と思った河村だったが、だからといって、悲観しているというわけではない。うつ状態の時でも、いや、鬱状態の時こそ、その寂しさから、
「オンナを求める」
 という感覚になった。
 とは言っても、簡単に彼女ができるというのは虫がいいと思っているので、風俗に通うことにした。

                 待合室から通路に

 最初こそ、
「俺のような男にこそ、風俗はお似合いなんだ」
 と思っていたが、行ってみるとまったく違った感覚があったのだ。
 確かに待合室などで見ていると、客は皆うしろめたさを抱えているのか、寡黙であった。
「俺もあんな感じなのかな?」
 と思い、同じような目で見られていると思うと、最初の時は、
「来るんじゃなかった」
 とも思った。
 しかし、待合室で待っている時のドキドキというのは、それまでに味わったことのない楽しみだった。
 そもそも、あまり待たされるということが好きではない自分が、こんなにドキドキするなんてと思うと、不思議な感覚があったのだ。
 今まで待合室というと、
「公共交通機関の駅」
 であったり、
「病院や市役所などの待合室」
 であったりと、その時間が来ても、自分にとって考えているほどのメリットがあるとは思えないものだったりするのだ。
 しかし、この時は、
「初めて」
 ということもあり、実際、童貞だったということもあり、
「大人になるための儀式」
 という、新しい扉を開けるという意味でドキドキだった。
 しかも、
「思春期の頃に、夢にまで見た」
 というものであり、
「それが大人になることだ」
 ということで、本当の、
「お預け」
 だったのだ。
「精神疾患」
 というのは、自分の中では余計なことだと思っていたが、それだけが自分の中でネックであった。
 だが、誰かに連れてきてもらったということであれば違うのだろうが、ここには、自分の意思で、趣いたのだ。
 それまで、初めてのところに、自分から足を踏み入れるということはしなかった。だが、
「初めての風俗」
 というものだけは、一人で行ってみたいと思ったのだ。
 もし、その時に感じたことで、
「もう二度と行くことが亡くなった」
 としても、後悔はないと思ったのだ。
 それこそ、
作品名:人死に 作家名:森本晃次