小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

人死に

INDEX|11ページ/16ページ|

次のページ前のページ
 

 特に今の時代の、
「社会面」
 であっても、
「自然」
 ということであっても、そのどちらにも、
「未来も希望もない」
 といえるだろう。
 そのどちらも、
「自業自得」
 あるいは、
「因果応報」
 といえることであろう。
 まず、
「自然面」
 ということでは、
「異常気象」
 であったり、
「天変地異」
 というものにおいて、今一番の問題として、
「地球温暖化」
 というものがある。
 昭和の頃までは、夏暑くても、最高でも、33度というのが普通くらいだったが、今の時代では、それが、38度くらいになり、一年に何度かは、
「40度を超える」
 というのが当たり前のようになってきたではないか。
 だから、当時は、
「地球温暖化」
 と言われてきたものが、その展開が想定外に早すぎて、
「地球沸騰化」
 とまで言われているということである。
 そもそも、
「地球環境の破壊」
 というものがもたらしたこと。
「森林伐採」
 であったり、
「化学物質の垂れ流し」
 ということで、下水や煙突や、車の排煙などが、自然環境のバランスを崩したということになる。
 しかも、
「安全保障」
 という観点から、
「核実験」
 というものを、その破壊を考えずに行ってきたのも、その責任といえるだろう。
「人間だけが、その意思を持っている」
 ということで、動物にも責任の一端はあったとしても、それはあくまでも、
「自然現象」
 ということなので、その責任はないということになるだろう。
 つまりは、
「そのすべてが人間の責任」
 ということであれば、人間としては、
「自業自得」
 ということであり、
「因果応報」
 ということになるのだ。
 今では、その自然破壊による、地球破壊というものが分かってきているので、
「どうすればいいか?」
 ということを、世界で親権に考えているということであるが、
「時すでに遅し」
 ということになるであろう。
 ただ、それを、
「過去の人間が起こしたことのツケが今の自分たちに回ってきている」
 という考えもあるだろう。
 しかし、逆に、
「昔の人たちが、開発し、今に伝えてくれているから、文明というものができて、人間の発展が生まれた」
 ということなのだから、すべてを過去の責任として押し付けることはできないだろう。
 そういう意味で、
「自然環境の破壊」
 ということから、
「人類の永遠の繁栄」
 というものはありえないといえるだろう。
 もっとも、さらに科学が発展し、
「地球外の、人間が住める星に移住」
 ということが可能になるとすれば、
「地球環境により、地球が破壊される」
 ということとの競争ということになるだろう。
 そのためには、たくさんの苦難があるということで、地球破壊の方が、
「早いに決まっている」
 ということになるだろう。
 今度は、
「社会面での、人類の存続が不可能だ」
 というのは、今言われている問題の中で、一番大きなものとすれば、
「少子高齢化」
 ということではないだろうか。
 今の社会体制が変わりないということであれば、今のままでは、
「少子高齢化」
 という問題が解決されるということはありえないといえるだろう。
その一つとして、前述のような、
「結婚しない男女が増えてきた」
 あるいは、
「結婚しても、すぐに離婚する」
 という人が多いということ。
 さらには、
「結婚して、子供ができても、育てることがどんどん難しくなってくる」
 ということから、子供を作らないということだ。
 これは、
「共稼ぎ」
 という状態で、
「保育施設や保母さんが不足している」
 ということ。
「人手不足」
 ということは、
「介護や看護」
 という部分で起こっているということで、
「子供を作っても、預かってくれるところがない」
 という問題があるということだ。
 さらに、これも前述の、
「自然破壊」
 ということで、
「異常気象」
 などということから、
「地球という星が、どんどん人が住める環境ではなくなってくる」
 ということから、
「未来に希望が持てない」
 あるいは、
「いずれは、近い将来地球に住めなくなる」
 ということで、
「それを子供や孫に背負わせるわけにはいかない」
 と考えれば、
「子供を作っても、滅びゆく地球と心中させるというのは、かわいそうだ」
 ということになるだろう。
 そうなると、
「子供を作るということは、リスクでしかない」
 ということになり、いくら政府が、
「子供を産める環境を作る」
 といっても、今巻き起こっている問題を、根底から解決できるわけではないので、誰も、
「政府のいうことなど信じるものか」
 ということになるのである。
「介護の仕事であっても、何のを仕事であっても、その基礎になる人材がいない」
 というのは、社会構造に問題があるということだ。
 いわゆる、
「人手不足」
 と呼ばれる企業というのは、
「ブラック企業」
 というのが多いことであろう。
 たとえば、
「危険を防止するため」
 つまりは、
「安心して介護を受けることができることで、儲かる」
 というのが当たり前のことなのに、
「人手不足」
 ということから、本来であれば、安全面から、
「二人でしなければいけない」
 ということを、
「一人でする」
 という免罪符として行っているということで、
「確信犯的な企業が多い」
 ということから、
「ブラック企業」
 と言われるのだ。
 それこそ、まるで、
「自転車操業」
 のように、悪い方にどんどんシフトしていくことが、
「負のスパイラル」
 というものを生むということになるのだろう。
 それが結局、
「今の社会で、少子高齢化がなくならない」
 ということになるのだ。
「今のような世界に、子供を産んで放り出すというのは、ひどいことであり、そのうち、地球に人間が住めなくなる」
 ということあるなら、
「自然と人間がいなくなる」
 という形の、まるで、
「国破れて山河あり」
 という状態が、ひょっとすると幸せなのかも知れないとも思える。
 そういう意味で、
「東西冷戦」
 の時にいわれた。
「核戦争による世界の滅亡」
 というものが、
「一番リアルで、恐ろしい問題だ」
 と言われてきたが、果たしてそうだろうか?
 よくよく考えると、
「地球に人間が住めなくなる」
 ということであったり、
「少子高齢化」
 ということで、
「生きていくだけの社会的な基盤が崩壊する」
 ということを考えると、
「核戦争によって、人類が皆死んでしまう」
 ということもありなのではないか?
 という恐ろしいことも考えられる。
「苦しみながら死んでいく」
 ということを考えれば、
「核兵器にて、一瞬にして消えてしまう方が、何も知らない間に消滅する」
 ということを思えば、
「これが一番幸せな死に方なのかも知れない」
 といえるのではないだろうか?
 そういう意味で、今の、
「平和ボケの時代」
 というのが、今の自分たちにもたらしている考え方が、本当に正しいといえるのであろうか?
 実際に、
「尊属関係」
 というものも、有名無実となってきたことで、
作品名:人死に 作家名:森本晃次