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【別説】神も仏もない

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 ということではない。
 だから、
「総裁を決める議員票がほとんどということになるので、結局は、政党の議員が決める」
 ということになるのだ。
 それが、
「本当に民主主義ということなのか?」
 と思えてくるのであった。
 どうしても、日本の国ということになると、
「国単位」
 ということなので、
「一宗教団体」
 というものとは考えかたが違ってくるということだ。
 彼らの考え方として基礎としてあった、
「一人が生まれると、一人が死ぬ」
 という考え方であるが、
 そこが、
「肉親という近しい関係」
 というものから考えられると思っていたものが、
「どこが原因」
 ということになるのか分からないが、実際に考えた時、
「この結論を、信者にも伝えるべきなのだろうか?」
 ということであった。
 正直にそのまま伝えるということは、難しいということになるだろう。
 へたをすれば、
「団体が解散」
 ということになりかねない。
 とはいえ。
「ウソをつき続ける」
 ということは、
「バレてしまった時」
 ということを考えたり、
「宗教団体としての、存在意義」
 というものを考えた時、
「ウソもつききれない」
 といえるだろう。
 だから、
「ごまかせるところは、いかにごまかすか?」
 ということになると考える。
「いくら宗教団体といっても、絶対に、欺いてはいけない」
 とは、
「帝の科学」
 では言っていない。
「間違いであっても、それが真実になることだってある」
 という考え方もあり、
「その考えというものが、実際には、一般の人には受け入れられていない」
 ということから、
「団体としては、その考えも正しいと考え、それを納得させる形で、信者はもちろんのこと、他の一般の人にも納得させられるようにするのが、自分たちの使命ではないだろうか?」
 と考えるのであった。
 そんな中において、この宗教団体が、いずれ、
「空回り」
 のような形となって、そこから、
「次第に自滅の道に走る」
 ということになるのではないか?
 と考えるのであった

                  自転車操業

 実際に、
「自分たちのスローガンがウソだった」
 ということは、それこそ、
「脳天をぶち抜かれたかのような感覚」
 といってもいいだろう。
 それまで、納得してきたことが、証明してみると、
「実はウソだった」
 ということで、
「自業自得」
 ともいえる結果になったというのは、
「因果応報だ」
 といえるのではないだろうか?
 宗教団体といっても、法人であることに変わりはない。営利法人ということではないが、少なくとも、営利部分に絡まないと、運営している意味がないというもの。
 他の新興宗教の中には、
「布教」
 というものを隠れ蓑にして、営利を貪るところも少なくない。
 この団体が、営利を貪るところなのかというところは、表から見ている分には分からない。明らかな営利目的の信者募集と行っているわけではないが、かといって、布教活動を行わないと、その存在意義がないのと同じである。
 それを考えると、最近は布教活動にあまり積極的ではないように見えてきた。
 どこか、元気がないと言った雰囲気であるが、それはまさしく
「教団としての神話がウソだった」
 ということからのショックが大きいということになるのではないだろうか。
 それは逆にいえば、昔であれば、
「もっと、教団に対して熱心で、しかも、カリスマ的な人物がいて、少し疑問があったとしても、その人の一言によって、その考え方が教団の中で統一され、逆に、結束力がまとまる」
 というようなこともあるのではないかということである。
 だから、今の教団には、
「そこまでのカリスマ性の人がいない」
 ということであるが、逆にいえば、それでも、危うくはならないということは、
「教団の運営は、一人のカリスマによるものではなく、個人が団結することでの、合議制によってのもの」
 ともいえるだろう。
 どちらがいいのかというのは、その団体ごとによって立場が違っているということで、何ともいえないが、今は、
「様子を見るしかない」
 ということだろう。
 そのことを気にしているのは、
「坂口」
 というジャーナリストであった。
 彼は、元々はスポーツ選手で、身体を壊して引退はしたが、選手としては、地方紙であれば新聞に載るくらいの成績で、全国大会も常連であった。
 彼が本領発揮してきたのは、高校時代からという、晩生だったこともあり、
「スポーツ推薦」
 ということもなく、普通に大学に入学した。
 実際には、成績も優秀だったので、
「文武両道」
 ということで、社会に出ても困るということはなかった。
 だから、雑誌社に入っても、ホープのように言われていた。
 最初は、
「元スポーツ選手」
 ということで、スポーツ面を担当していたが、本人の希望で、スポーツ以外の担当に変わったのだ。
「やはり、身体を壊して辞めたスポーツなので、未練もなければ、今さら関わりたくもない」
 ということだったのだ。
 一度は、社会面などの担当もしたが、編集長の考えで、
「彼は文化面で活躍をしてほしい」
 と思うようになった。
 というのも、
「彼には文才がある」
 ということで、コツコツ調べ上げたものを、一つの物語のようにして、まるでエッセイとして本にするという考えもいいのではないかと思ったからであった。
 確かに、
「文武両道」
 ということで、文才があるというのも認めるところであるが、それ以上に、
「一人でコツコツ」
 というのが似合っている。
 だから、取材というのにも長けている。それが、社会面などのように、
「スピードを要する」
 ということになると、せっかくの彼の才能が失われてしまうということからの編集長の考えということであった。
 編集長は、自分も以前は、
「文武両道」
 ということで入社してきた。
 実際には、
「坂口と似ている」
 という経歴を持っていた。
 だからこそ分かるのであるが、
「まわりの期待が大きすぎると、押し潰される可能性が高い」
 ということである。
 それだけ、時間をかけて育てなければいけないということで、自分も、当時の編集長から、
「いろいろなことを教えてもらった」
 ということから、今から思えば、
「人を育てる」
 ということを含めて、教えてもらったんだと感じるのだった。
 だから、当然編集長の目から、
「坂口は、将来の幹部候補」
 ということも、視野に入れているといってもいいだろう。
 最初は、編集長から、
「この件について調べてくれ」
 と言われて、取材に入っていたのだが、今では、
「企画から自分で」
 ということで、逆に、
「こういう取材をしたいんですが」
 ということで、自分から編集長に申したてるようになり、それこそ、編集長としては、
「願ったり叶ったり」
 といってもいいくらいであろう。
 だから、今回の取材に関しても、別に文句はなかった。
 その内容が、
「帝の科学を暴く」
 というものであった。
作品名:【別説】神も仏もない 作家名:森本晃次