【別説】神も仏もない
ということではないという考えであった。
ハッキリとしたことまでは分からなかったが、ある教団の幹部に当たる心理学者が、一つのことを提唱した。
「実際には、見えているのに、見えていないという発想なのではないか?」
ということであった。
それを、彼は、
「路傍の石」
という表現をした。
というのは、
「実は、肉親に一番多い可能性」
ということであった。
普通に考えれば、
「それは当たり前のことだ」
ということであるが、逆に当たり前すぎて、その発想が、届かないということになる。
要するに、
「灯台下暗し」
ということである。
それは、
「河原などに落ちている石ころというものは、そこに存在していても、あって当たり前のものと思い込んでいることで、別に意識をすることはない」
それは、
「路傍の石」
というものにおいても同じことであり、それが、
「肉親間」
という、当たり前のことではあるが、
「後から考えればわかったこと」
ということで、
「人間の発想」
として、
「当たり前のことは、当たり前と思うことでやり過ごしてしまう」
という考えがある。
そのことが、結局、結論を遠回りさせてしまい、えてして、
「時間が掛かってしまう」
ということになるのだろう。
それが、
「人間のエゴ」
というものであったり、
「人間の驕りのようなものだ」
といえるのではないだろうか?
そういう意味で、
「科学する」
という言葉は、そもそもが、
「おこがましいこと」
といってもいいかも知れない。
どうしても、
「人間中心主義」
というものから、同じ人間であっても、その中に階級を作ってしまうことになるのではないだろうか?
ただ、
「階級を作ったり、差別的な搾取を行う」
というのは、前述のような、
「社会というものの、秩序やモラルを守る」
ということにおいて、必要不可欠であったりする。
それを、
「なるべく平等に行う」
ということを考えたとすれば、そこには、
「法律」
というものの存在が不可欠だということになるだろう。
肉親
「肉親間で、その関係が序実に現れる」
ということを唱えた、教団幹部の心理学者は、さっそく、その信憑性についての、裏付けを行った。
実際に、
「説を唱える」
というのは、そこまで難しくはないが、その信憑性ということになると、なかなか証明するのは難しい。
そこには、
「他との比較」
ということによる、
「解説の確実性」
というものを証明しないと、まわりは納得しないからだ。
もっとも、提唱した本人も、
「本当にそうなのだろうか?」
ということで、信じられないということになれば、説明がつかないといってもいい。
これは、時代的には、今から数十年前ということで、ちょうど、
「世紀末」
と呼ばれていた時代ということであった。
この時代では、
「バブル経済後に、バブル経済が崩壊したことで、社会がまったく変わってしまった」
といってもいい時代だった。
そんな時代において、
「天変地異」
というものが起こったり、
「悪質宗教団体によるテロ行為」
があるという、
「とんでもない時代」
といってもいいだろう。
それまで、
「神話」
と言われていたものが崩壊したのが、
「バブル経済の崩壊」
そこから始まったのだが、まずは、
「銀行の破綻」
というものがあった。
それまでは、
「銀行が破綻するということはありえない」
と言われてきた。
それが、
「バブルの崩壊」
というものであり、何しろ、
「実体のない利益」
というのが、バブル経済だったということなので、それまで言われていたことが一つでも崩壊すれば、後は、
「まるでドミノ倒しのようだ」
ということになるだろう。
特に
「事業を拡大すればするほど、儲かる」
ということで、
「金と人材さえあれば、事業を拡大できる」
ということで、金は、
「銀行からの借り受け」
ということになる。
しかも、銀行の方も、
「事業を拡大すればするほど、儲かる」
ということを信じていて、
「元本回収はもちろんのこと」
ということで、
「後はいかに利益を挙げるか?」
ということになるわけなので、そのためには、
「利息を取る」
ということだ。
単純な計算では、
「たくさん貸し付ければ、その分、利息も多い」
ということで、
「元本回収は確実」
と考えていたのだから、
「貸し付けを多くする」
といういわゆる、
「過剰融資に走る」
というのは当たり前のことであろう。
そもそもの、
「事業拡大に対しての疑念が一切ない」
ということが問題だったわけで、今であれば、
「怖くてできない」
ということを平気でやっていた時代だったといっていいだろう。
それが、バブル経済というものであり、
「神話」
というものを信じて疑わなかった時代といってもいいだろう。
実際に、
「バブルが崩壊してしまうと、一番最初にその影響を受けるのは、銀行だった」
もちろん、街の会社も、
「不当たりを出す」
ということで、倒産の憂き目にあい、さらに、まわりが連鎖倒産に陥るということになるのだが、
「そのすべてにおいて、貸し付けを行っている銀行」
ということであれば、その金額もハンパではない。
しかも、その銀行が破綻したということになると、
「銀行にかかわりのあるすべての企業、すべての個人が、被害を被る」
ということになり、それだけで、大パニックに陥るだろう。
しかも、その銀行と取引のある他の銀行も、煽りを食らい、さらに、
「自分たちの銀行も、他の銀行にかまっている場合ではない」
というほど、大きな損失を抱えていることになる。
つまり、
「一つが危険な状態になれば、まわりが助ける」
ということなのだろうが、その助けるべきまわりも、すでにどうしようもないほどの、
「火事場になっている」
ということで、地域は、無法地帯となっていることだろう。
それが、実際には、
「全国に広がっている」
ということで、それこそ、
「日本だけの問題ではない」
ということになるに違いない。
だから、その頃から、
「神話と言われるものは信じられない」
と考える人も多いことだろう。
それが、さらに証明されたのが、定期的に起こっている、
「大地震」
というものである。
最初は、
「高速道路の壊滅」
であった。
「高速道路の支柱が倒れ、道に横たわっている」
という映像は衝撃的だった。
なんといっても、根っこから折れて、金属部分がむき出しになっているのだ。
それを見ると、
「この世の地獄を見ているようだ」
ということであった。
実際には、
「少々の地震で崩壊することはない」
と言われていて、その想定をはるかに上回っていたという破壊力であったことから、ある意味、
「無理もないこと」
ともいえるだろうが、やはり、
「高速道路神話」
という言われ方をしていただけに、その光景は、衝撃だったといってもよく、明らかに、
「神話の崩壊」
ということである。
作品名:【別説】神も仏もない 作家名:森本晃次



