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【別説】神も仏もない

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「血のつながりがある」
 ということが説得力につながり、
「当たり前だ」
 とまで言われることであろう。
 しかし、それはあくまでも、肉親だから当たり前のこととして言われるわけで、それだけ、
「肉親というのは、その結びつきは濃い」
 と言われる。
 だから、昔から、
「近親婚は、禁止」
 ということになっている。
 それは、世界各国で言われていることで、それも、昔からのことである。
 それだけ、
「肉親」
 というものは、他の人との関係とは違い、特別なものということになるのだ。
 どんな人間であっても、生まれてくる時は、
「母親から生まれてくる」
 ということで、
「生んでくれる人を母親という」
 といってもいい。
 もちろん、父親の助けがあっての懐妊ということになるのだが、人間は生まれた以上、少なくとも、その時、母親だけはいたということになるのだ。
 だから、
「生まれながらに肉親がいない」
 という人は、
「自分が生まれたその時に、母親が死んでしまった」
 という事実がなければ成立しないということである。
 そういう意味から、
「肉親が誰もいない」
 という可能性は低いわけだが、そのことも考えられなくないということから、
「誰かが死んで誰かが生まれる」
 というその人間関係というものを、科学したいと考えるのも、無理もないということになるのかも知れない。
 そういう意味で、
「肉親間の関係」
 というものが、この宗教団体の科学の中に、大きくかかわっているということは、言わずもがなといってもいいだろう。
 もちろん、肉親のまわりというと、
「生活していくうえでの共同生活に近い相手」
 ということで、
「学校でのクラスメイトや先生」
「会社での上司や部下」
「ご近所さん」
 という関係である。
 生活していくうえで、無視のできない人間関係の中にあるということで、
「肉親ほどではないが、ここにも、科学するに値するような人間関係がある」
 といってもいいかも知れない。
 そういう意味で、
「この宗教団体が科学する」
 というものは、
「人間のそれぞれの関わり」
 というものを関係しているといってもいいだろう。
「人間は、人とのかかわりが強ければ強いほど、その関係性が少しでも薄れる炉、そこから、孤独感であったり、寂しさというものが出てくるということで、中には、人とのかかわりを自らで遮断しようと考える人もいる」
 といえるだろう。
 確かに。
「人と関わることで、だましだまされということもある」
 と言われている。
 結局人間というのは、
「最後は自分がかわいい」
 ということで、これが、肉親であれば別であるが、関係性が薄れてくればくるほど、
「自分が大切」
 ということが表に出てくるようになり、それが強く出てきて、相手に損害を与えるということになると、そこから、
「裏切り」
 というものが現れてきて。
「人間関係はぎくしゃくしてくることになり、結局、その関係が自分たちだけの問題ではなく、社会問題化してくると、全体の秩序というものが守れなくなり、それを守るための、法律というものが必要になる」
 ということであろう。
 そこから出来上がってきたのが、
「社会」
 というものであり、
「法律や秩序を守る」
 ということから、
「権力を与えられた人」
 というものの存在が不可欠となるわけだ。
 その人には、
「権力」
 というものもあるが、当然に、その人には、
「全責任がのしかかってくる」
 ということも当たり前のことなのである。
 実際に、今のところ、
「同じ市内において、同じ時間に死んだ人がいて、その時間に生まれた人がいる」
 という情報はなかった。
 なんといっても、こういう情報は、そう簡単に手に入るというものではない。
「生まれる」
 ということは、産婦人科などで調べれば何とかなるかも知れない。
 それでも、今の時代は、
「個人情報の保護」
 という観点から、そう簡単に、教えてくれるものではないだろう。
 ただ、産婦人科には、出入りは自由で、妊婦さんや、その肉親と仲良くなって、聞き出すということは、別に罪ではない。
 それを、
「何か悪用する」
 ということであれば問題だが、
「ただ、生まれた日を知りたい」
 というだけであれば、何ら問題はないと思われる。
 そもそも、著作権や肖像権というものでも、
「それを商売として使う」
 ということであったりすれば問題だが、
「個人で楽しむ」
 という分には、問題ないとしていることが多いではないか。
 こういう情報も、
「保持者が自分から明かしたりした部分で、悪用しない」
 ということであれば、別に、
「個人情報保護の観点には当たらない」
 といってもいいだろう。
 ただ、それでも、
「生まれる時」
 ということに限って分かるということである。
 しかも、
「その日が予定日だ」
 ということが分かっても、
「何時何分に生まれる」
 ということは分からない。
 その時間ピッタリに、誰かが死ぬということは、もっと分かりにくいことであろう。
 なんと言っても、
「死ぬ」
 ということは、いろいろなパターンがある。
 生まれる場合は、
「妊娠して、それにより、予定日が決まる」
 ということで、ある程度までは日にちに関しては正確であろう。
 しかし、これが、
「死亡」
 ということになれば、まるで、
「雲をつかむような話」
 といってもいい。
 なぜなら、人が死ぬということは、いろいろな理由が考えられるからである。
 老衰は病気であっても、
「この瞬間が、死亡予定だ」
 ということが分かるわけではない。
 それこそ、
「死神にしか分からないだろう」
 ということである。
 さらに、それ以外というと、ほとんどが、
「突発的なこと」
 といってもいいだろう。
 もし、それが、
「作為的」
 ということであれば、
「殺人事件」
 ということであり、特に、死亡時刻を限定させなければいけない理由があるとすれば、
「アリバイ工作」
 というものを用いた場合であろう。
 この場合は、
「確実にその時に死んだ」
 ということが分からないと、警察に対して、作ったアリバイが、完璧かどうか分からないということからである。
 人が死ぬ可能性としては、
「老衰や病気」
 というもの、
「交通事故などの、不慮の事故」
 という場合。
「殺人事件などのような、何かの事件にまきこまれる」
 という場合であろう。
 これは、前述のような、
「アリバイトリックを使った殺人」
 ということでもない限りは、
「その時に死ぬ人を探す」
 ということは無理なことだといえるだろう。
 それでも、教団とすれば、
「人が生まれたのと同じタイミングで死んだ人」
 というその二人の関係性に、科学があると思っているので、その信憑性を探すという、スタートラインにも立っていないということではないだろうか。
 ただ、
「そのタイミングが分かったとすれば、すぐに科学という答えは出るのではないだろうか?」
 と考えられる。
 つまり、
「答えは最初から出ていて、そのタイミングを見つけることが、そもそもの科学」
作品名:【別説】神も仏もない 作家名:森本晃次