【別説】神も仏もない
もっとも、結局は、
「武士は武士」
「公家は公家」
という根本は変わらないのだから、あの時代において、少し、歴史が変わったということであっても、時代が進めば、結果として、
「同じところに落ち着いた」
ということになるであろう。
それを考えると、
「時代をどこで切るか?」
ということであるが、
「もし、歴史が狂ったとしても、いずれは、同じところに戻ってくる」
ということになるだろう。
それを、
「歴史が答えを出してくれる」
という言い方をして、その時代におけるイデオロギーを正当化しようとするが、その正当化というのも
「どこまでが正しいというのか?」
ということに行きつく。
つまり、
「時代を考える時、ちょうどのタイミングでなければ、その答えは見つからない」
といえるのではないか。
それは、
「時代をどこで切るか?」
ということで変わってくるということで、
「今の時代が、果たして、どの時代の答えだというのか?」
ということになるからだ。
その、問題と解答の解釈を間違えると、
「歴史解釈は、狂ってしまう」
ということになるだろう。
そういう意味で、
「一本線が通った解釈がなければいけない」
ということで、その
「一本の太い線」
というのが、
「天皇」
ということになるのだろう。
だから、
「天皇は、神ということで祀り上げられる」
ということが、皇紀から、
「2600年以上」
という長きにわたって受け継がれているものだ。
西暦で考えても、
「紀元前」
ということなので、
「そんな昔から、国家の元首ということで、受け継がれている」
ということなのだから、
「神として祀り上げられる」
としても、それは無理のないことだといえるだろう。
だから、
「徳川幕府が滅亡した」
というのは、
「開国した」
ということから、
「日本の未来」
というものを考えた時に、元々は、
「外国を打ち払う」
という、
「攘夷」
という勢力があったのだが、実際に、
「海外の脅威」
というものを身に染みて分かってくると、それが、
「倒幕」
に走ったのである。
その時、
「幕府というものを徹底的に破壊する」
ということが行われ、
「新選組や、白虎隊などの悲劇が生まれた」
と言われるが、考えてみれば、
「徳川幕府が成立した時、大阪の陣を中心として、豊臣政権を、徹底的に、その存在がなかったことになるくらいに、この世から抹殺した」
ということがあった。
そもそも、
「豊臣政権」
であっても、
「秀次事件」
の時、
「聚楽第を完全に破壊する」
というような、
「秀次がこの世に存在したということを完全に否定するかのような破壊」
というものが行われたではないか。
それだけ日本の歴史というのは、
「前世代の政権は、徹底的に破壊する」
というのが当たり前のようになっているのだ。
そもそもは、、
「平清盛が、池禅尼の嘆願によって、頼朝を助けた」
ということから、最終的に、
「平家一門の滅亡につながった」
ということが、伝説として言われてきたということからきているのであろう。
もちろん、
「最終的には源氏が平家を滅ぼした」
ということになっているが、
「遅かれ早かれ、平家は滅亡していた」
とも言えなくはないだろうか。
源氏の勢力が強かったというだけで、そもそも、
「平家というのは、清盛の独裁政権」
といってもいい。
頼りにしていた長男の重盛が死んだというのも大きかっただろう。
そういう意味でいけば、
「平家と、豊臣家は似ている」
といってもいいかも知れない。
「清盛も、秀吉も将軍にはなれなかったが、太政大臣にはなった」
ということ、
そして、
「一代で滅んだ」
ということ、
前述の、
「頼りにしている人物が早死にだった」
ということなどであろう。
もう一ついえば、
「二人とも、大陸に対して野望を持っていた」
ということである。
「清盛は、宋との貿易ということであり、秀吉はそれ以上に、明を征服するという野望を持っていた」
ということである。
目的は違うが、それぞれに、海外に目を向けていたということは、
「先見の明があった」
といってもいいだろう。
確かに、
「明に攻め込む」
というのは、あまりにも暴挙ともいえるだろうが、秀吉は、
「元寇を考えた」
のかも知れない。
「鎌倉幕府の滅亡」
というのは、
「元寇がせめてきたことで、それを追い払っても、土地を手に入れることができなかった」
ということからである。
「天下統一」
ということで、日本の土地をすべて手に入れて、検地をおこない、統治に入ったということは、素晴らしいことである。
といえるだろう。
しかし、実際には、
「もう日本には、土地がない」
ということで、
「勝手な戦はできない」
ということから、
「惣無事令」
と言われる、
「私闘を行ってはいけない」
という法律を決めたとしても、今までの戦乱の世から考えると、
「まったく起こらないとは限らない」
となると、
「余裕のある土地を持っておく必要がある」
というのは、普通に考えられることである。
つまり、
「御恩と奉公」
と言われる、
「封建制度」
というものが基本になっている以上。
「土地を守る」
ということ。
そして、
「褒美として与える土地がある」
ということは当たり前ということであり、それができなければ、そもそもの、
「封建制度」
というものが崩壊するといってもいいだろう。
それを考えると、
「土地を確保する」
というのは、封建制度では当たり前のことなのであろう。
それを秀吉が考えていたとすれば、朝鮮出兵は、
「決して間違っていた」
とは言えないだろう。
「秀吉が乱心した」
といわれる時期を重なったことで、そのような伝説が生まれたのかも知れない。
しんな歴史の中において、絶対的な権威を持っていた天皇というものは、、時代とともに、
「神格化」
されるようになってきた。
そして、その神格化というのは、一種の、
「政治利用」
であったり、
「国家総動員」
に対しての、
「プロパガンダ」
であったりしたのだ。
つまり、
「天皇を神とすることで、政府や軍が、国民を洗脳するようになった」
ということである。
それが、
「いい悪い」
ということは別にして、結果として、
「大東亜戦争に負けた」
ということになったのだ。
大東亜戦争に入ったきっかけというのは、仕方がない部分も大いにあったというわけだが、本来であれば、
「キリのいいところで、和平に持ち込む」
という、
「そうでもしないと、勝ち目はない」
という戦争に、プロパガンダにての洗脳を、国民やマスゴミに押し付けたことで、
「戦争を辞めることができなくなった」
ということから、
「戦争完遂」
しかなくなったわけで、それが、
「玉砕」
であったり、
「敵からの無差別爆撃」
というものにつながったりしたのだ。
結局は、戦後、
「天皇制の存続」
というものについていろいろ言われたが、
作品名:【別説】神も仏もない 作家名:森本晃次



