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夢のあれこれ

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「俺はどうして死んだんだろう宇?」
 と考えてみた。
「交通事故で死んだ」
 ということは、死ぬ前の状況を見ればわかるということであるが、
「なぜ、そもそも、交通事故に遭うということになったんだ?」
 ということは分かっていないではないか。
 交通事故というと、
「自分が飛び出してしまった」
 ということであったり、
「車が信号無視をして突っ込んできた」
 ということなどであろう。
 しかし、自分の記憶が少しずつ戻ってくるうちに、なんとなくであるが、思い出せるような気がしてきたのだった。
 というのは、
「相手が悪いわけではない」
 ということを思った。
 というのは、その瞬間、自分の中で、
「道路に飛び出したのは自分だった」
 ということを思い出したからである。
 ただ、
「道路に飛び出した」
 というのは、自分とすれば、
「仕方がなかった」
 とも思っている。
 実際に、道路に飛び出した時、
「俺は、このまま死んでしまうかも知れないな」
 ということを感じたような気がした。
 というのも、
「危ない」
 という意識はあったのだ。
「それでも、俺は突っ込んだ」
 と考えると、
「怖いとは思いながら、安全確認はまったくしなかった」
 ということで、
「俺は、自分が危ないということよりも、このまま突っ込まずにいた方が、後で後悔する」
 と思ったのだった。
「死ぬことよりも、後悔するということがあるのだろうか?」
 ということを単純に考えていた。
 そう、確かに、
「単純な考えだ」
 と思えてくる。
 ただ、これを、
「単純な考えだ」
 と考えるというのは、それだけ、生前の自分のことを、
「単純だ」
 と考えているからということになるだろう。
 さらに思い出したこととして、
「まわりを見なかったというのは、安全確認をしなかったわけではなく、前に、見なければいけないというものがあり、そちらしか見えていなかった」
 という、
「猪突猛進状態だった」
 ということになるだろう。
 ただ、そこから前というのは、
「ところどころ、曖昧な状況でしか覚えていない」
 覚えていることとして、
「確か、誰かを追いかけていたんだよな」
 ということ。
 そして、
「何か言い争いをしていた」
 ということでもあった。
 そこまでくれば、
「言い争いが決裂し、相手は逃げ出したところを、取るものもとりあえずに、猪突猛進ということで、追いかけた」
 ということではないかと考えた。
 今は、まだ
「他人事だ」
 と思っているから、完全に生前の自分のことを思い出すことはできない。
 しかし、逆に、
「時間が経てば落ち着いて思い出せる」
 ということになるのだろうか?
 逆に、
「死んでしまったのだから、時間が経つにつれて、生前の記憶はどんどん薄れてくるのではないだろうか?」
 とも思えた。
 実際には、
「こちらの方が信憑性がある」
 ということである。
 というのは、
「もし、本当に前世が存在するとすれば、生まれ変わった時、前世の記憶はまったく消えている」
 ということなので、それをわざわざ、
「生まれ変わる時に、リセットされる」
 という考えよりも、
「死んだ時から生まれ変わるまでに、徐々に消えていく」
 と考えればいいだろう。
 もっといえば、
「生まれ変わるまでの時期」
 というのは、この、
「前世を忘れきる」
 という時間に左右されるのではないかと考えと、それこそ辻褄が合う。
 それも、
「個人差」
 というものがあると考えると、
「時間差」
 というものがあることで、
「毎回同じ時代にならないということになる」
 という考えになるということではないだろうか?
 だとすれば、
「ぐずぐずしていると、前世のことを忘れてしまう」
 ということになる。
 ただ。これは、
「忘れても当然」
 ということであれば、
「この世」
 というものにおいても、
「前世の記憶」
 というものを思い出すタイミングが存在していたのではないかということが考えられるのであった。
 それを、彼は、
「夢を見るということだ」
 と考えるのであった。
 夢は、ある程度、
「都合よく見る」
 というものである。
 しかし、最後には、ちょうどのところで目が覚めて、まるで、
「初めて見る」
 というものであるはずなのに、最初から知っていたかのように思えることである。
 これは、夢というものではなく、起きている時にも感じるというものであり、それを、
「デジャブ現象」
 ということなのではないかと感じるのだ。
 そういう意味では、
「夢」
 というものと、
「デジャブ現象」
 というものは、
「切っても切り離せないもの」
 ということで、
「夢もデジャブも、本当は知っていることであるが、この世で見ようとすると、その決まりがある」
 ということで考えれば、
「前世の記憶」
 という考えであれば、一番しっくりくる考えだといえるのではないだろうか?
「前世」
 というものは、
「一度でも夢を見たことがある人間であれば、理解できる」
 ということであり、結局、
「前世というものを理解できない人はいない」
 ともいえるであろう。
 被害者は、
「なぜ、その時、車の前に飛びだそうとしたのか?」
 ということを、思い出せないでいる。
 もし、彼が何か大切な理由もなしに、ふいに加害者の運転する車の前に飛びだしたのだとすれば、それこそ、
「加害者は浮かばれない」
 といえるかも知れない。
「私は、今回、どうして車の前に飛びだしたというのだろう?」
 ということを、死んでしまったが、
「それを思い出さなければ、お前は地獄に行くことになる」
 ということであった。
 この場合の裁定というのは、実にシビアなものだという。
「この世であれば、何かことが起こった場合、大体はどんなにむごい独裁者の国であるといっても、一通りの裁判というものが行われ、加害者、被害者側の言い分であったり、れっきとした証拠もなしに、裁定はできない」
 ということになる。
 しかも、
「たいていの国では、疑わしきは罰せず」
 ということになっているようで、それは、
「冤罪を引き起こさない」
 ということからきているのかも知れない。
 ただ。それは、
「被害者側には辛い裁定となっているかも知れない」
 さらには、
「加害者側も、へたをすれば、ひどい目に遭うということもないとも限らない」
 ということである。
 それは、
「被害者側の思い通りにならない」
 ということは、世間では、その煽りが、
「加害者側に及ぶ」
 ということである。
 本当であれば、
「罪に問われるはずの男が罪に問われないのだから、よかったではないか」
 と言わるかも知れないが、
「それはあくまでも、法律で裁かれない」
 というだけで、いわゆる、
「社会的な立場というものはない」
 ということになるだろう。
 そうなると、問題は、
「加害者本人」
 というよりも、
「加害者家族」
 というものが、世間から白い目で見られ、本来であれば、
「家族というだけで、不幸になるというのは、理不尽だ」
 ということになるであろう。
 それが、世間から、
作品名:夢のあれこれ 作家名:森本晃次