夢のあれこれ
「警察と、救急車を手配する」
という義務を怠ったということになる。
「ひき逃げ」
という犯罪は、その場で逃げなければ、
「業務上過失」
ということでの、
「致傷」
であるか、
「致死」
ということのどちらかになるというだけのことであるが、これが、ひき逃げということになれば、
目の前で苦しんでいる人を放っておいたということで、救急車と呼ばなかったということによる、
「救護義務違反」
というもの、そして、
警察へ、事故が遭ったということを通報しないという、
「通報義務違反」
というものの二つが加算されるということになる。
つまりは、
「その場で何もせずに、立ち去ってしまえば、この二つは果たされていない」
ということで、いくら、
「後になって、警察に出頭した」
ということで、
「ひき逃げではない」
と主張したとしても、実際に、これが警察から裁判所に起訴されるということになり、
「裁判」
ということになれば、その問われる罪は、結局、
「救護義務違反」
というものと、
「通報義務違反」
というものになるだろう。
結局は、
「その場から逃げて、その結果、被害者が死亡した」
ということであれば、
「あのまま、救急車をすぐに呼んでいれば助かったかも知れない」
ということで、
「救護義務違反に関しても、間違いない」
ということになるだろう。
もちろん、出頭が早ければ、情状酌量ということも考えられなくもないが、だからといって、
「救護義務違反」
「通報義務違反」
というものから逃れることはできない。
そういう意味では、
「ひき逃げであろうがなかろうが、罪状に関しては、状況的に、何ら変わりはない」
といってもいいだろう。
今回の場合は、少なくとも、
「ひき逃げではない」
ということで、警察としても、
「普通の交通死亡事故」
ということになるだろう。
つまり、考えられる罪状としては、
「業務上過失致死」
ということになるだろう。
さすがに警察といえども、この状況で、
「取り調べ」
ということもできないだろう。
しかし、一応、状況を確認するということで、刑事か警官くらいは、この場にいても不思議はない。
ただ、
「警察の人間がいる」
というだけで、場の雰囲気というのが、若干でも違ってくるのは当たり前ということで、
「医療関係者と被害者家族、そして、加害者と警察関係者」
という、
「さまさまな立場を微妙な人間関係というものにまみれた、その場の異常な空気の間が、別次元のように、風もないのに、歪に空気が紛れ込んでいるかのように感じられる」
といえるのではないだろうか。
そんな中において、一番、精神的に微妙な立場にあるのが、
「加害者」
ということになるのではないだろうか?
今回の加害者は、女性で、名前を、
「松本つかさ」
と言った。
彼女は、後悔してもし足りないということではあるが、このいたたまれない、まるで、針の筵に載せられたような状況において、実際に、
「何を考えていいのか分からない」
ということで、無意識のうちに、ずっと同じことを思い出していたのだった。
この場面に陥った人であれば、つかさでなくとも、誰もが同じ心境になってしかるべきだと思うのだが、それは、
「事故が起こった時のことが、走馬灯のように思い出される」
というものであった。
それも、無意識なだけに、どうも、同じ光景が同じタイミングで、時間的な狂いがなく、繰り返させているということのようだった。
彼女が見たのは、
「自分が運転しているところに、男性がいきなり飛び出してきた」
という意識だった。
「急いで急ブレーキを踏んだというのは覚えていて、かすかにであるが、急ブレーキの音が遠くから聞こえてきたような気がした」
というものであった。
遠くから聞こえただけに、それが、自分が踏んだ急ブレーキの音だということまで分かっていないかのようだった。
だから、余計に、
「今回の事故は、自分が本当に起こしたことなのだろうか?」
という、まるで他人事のように思えるのであった。
ただ、これは、
「交通事故を起こした人が感じるということのほとんどだ」
ということのようである。
ただ、この意識は、長く持っているものではなく、その後に、繰り広げられる、秒を争うという、救命行為のために、忘れ去られるのであろう。
加害者とすれば、
「自分がこんなことをしてしまったなんて」
という意識で、まるで、他人事のように、
「この場から逃げ出したい」
という思いから、記憶の連動には時間が掛かるようで、その場を把握するために、記憶を呼び起こそうとすると、そのスピードは、完全なスローモーションのようになっているということのようである。
必死に逃げ出そうとはするのだが、できるわけもない。
そして、実際に、
「ご臨終です」
という言葉が、まるで自分に対しての死刑執行のように思え、少し思い出し方が変わってくるのであった。
今度は、あっという間に、
「記憶が一周してしまっている」
ということで、また、もう一度同じ記憶を見ようとするのである。
ただ、
「さっきまでの思い出すスピードと、そんなに違う」
という感覚はないようで、それを考えると、
「すべてを思い出すわけではなく、端折った形で思い出しているのではないか?」
と考える。
となると、
「都合のいいところばかりを記憶として残しておこう」
という意識にさいなまれているのではないだろうか?
と感じるのだが、まさにその通りで、それが、
「この場から早く逃げ出したい」
という気持ちからであろう。
しかし、考えてみれば、
「この場の雰囲気から離れても、自分にとっての問題は、すべてがこれから」
ということになるのだ。
あくまでも、ここまでは、
「被害者への救命」
というものが最優先であり、加害者に関しては、
「後からじっくり」
ということになる。
しかし、
「被害者が死亡」
ということで、
「延命というものがかなわなかった」
ということで、いよいよ、警察による事情聴取が待っているということになるであろう。
その日が遅ければ、また翌日にでも警察に呼び出されることになる。そして、事情聴取というものが行われ、警察による事故の聴取ということになる。
そこで初めて、保険会社が動くことになり、民事が動き出すことになるだろう。
今回は、取り調べによっては、警察に拘留ということもあるだろう。
しかし、実際に、
「どこまでの状況になるか」
というのは、難しいところで、
「被害者が死にさえしなければ、ただの人身事故」
ということで、基本的には、
「民事」
ということで、警察は関係ないということになるだろう。
いわゆる、
「民事不介入」
ということである。
ただ、保険会社が動くには、
「警察が交通事故というものを認定してくれなければ、保険会社は動けない」
だから、
「警察への通報義務」
というのは、加害者にとっても、大きな問題といってもいいだろう。
「警察が事故認定しないと、民事では動けない」



