詐欺事件のフィクション
「自分も小説家になりたい」
ということを、今の時代は皆考えているということを思えば、
「他の人は、自分と違って、にわか小説家なんだ」
ということを感じることだろう。
「自分こそが、アマチュアだ」
ということを、感じないのである。
その分、
「皆が思っている」
ということで、
「自分だけが違う」
と感じると、それだけ、余計に、変な意味での、
「プロ意識」
のようなものが芽生えるのかも知れない。
そんな小説家になりたいと思う人を、一人でもたくさん作るということが、
「自費出版社のやり方」
ということである。
実際には、自費出版社系の出版社のやり方というのは、一口にいって、
「自転車操業」
なのである。
もっといえば、
「バブル経済と同じ」
ということで、
「べブル経済」
というものが、
「実態のないもの」
ということであるのに対し、
「自費出版社系の会社のやり方」
というのが、
「ウソで固めたもの」
ということであった。
つまりは、
「送ってもらった原稿を、ちゃんと読んで批評して返す」
ということに関しては、しっかりやっているので、応募する人は、
「信用できる」
と感じるのだが、実際にその奥に入れば、
「すべてが嘘で塗り固められている」
ということである。
出版費用というのも、提案として、
「出版社と作者が折半して本を作る」
ということでの、
「協力出版」
というものを提案してくる。
作者とすれば、
「まったく誰にも見られないよりも、少し金がかかるかも知れないが、本屋に置いてもらえる」
ということで、誰かの目に留まらないとも限らないという、それこそ、
「砂漠で砂金を探すようなもの」
といってもいいだろう。
だが実際に、本屋に並ぶということはない」
ということであった。
さらに、実際に作者が払う製作費というのは、折半ということであるが、実際には、
「定価×製作部数」
というものよりも、高い値段で吹っ掛けてくるということである。
これでは、完全に、
「経済学の理論」
というものを無視しているといってもいいだろう。
まずは、本当は、そこで気づくべきなんだろうが、向こうも、
「宣伝費にお金がかかる」
などという言い訳をするが、考えてみれば、
「宣伝費なども含めたところでの、定価決めなのではないか?」
と考えれば、
「そんなのおかしい」
ということになってしかるべきである。
そして、実際に相手の殺し文句として、
「有名書店に、一時期でも置く」
といっているが、そもそも、それがおかしいのである。
すでに当時とすれば、
「電子書籍」
であったり、
「ケイタイ小説」
などというものが普及し始めたことで、
「印刷物の本は売れない」
と言われている時期である。
それを、わざわざ印刷物の本として売り出すとしても、実際には、
「街からどんどん本屋がなくなっていっている」
という事情の中において、
「活字の本を出して、その本を、有名本屋に置いてもらう」
ということが、どれほど難しく、無意味だということになるのだろうか?
実際に本屋がなくなっている状況の中で、本屋としても、
「売れない」
という事情から、
「本屋をたたむ」
ということであったり、
「規模を縮小」
ということになれば、誰が、
「無名作家の本」
などを、並べるというのだろうか?
ということである。
実際に、
「昭和、平成の時代に、爆発的に売れた本」
ということであっても、今の時代では、それこそ、
「絶版になっている」
というのも少なくない。
それを思えば、
「誰が無名の作家の本」
というものを、店先に並べるというものかということである。
実際に、今の時代でも、毎年かなりの数の文学賞であったり、新人賞というものが開催されている。その中で、何人もの、新人作家というのが生まれてくるのである。一年に100mの文学賞があれば、100人が新人デビューするということになる。その人たち胃が、そのまま生き残り、本を並べるとすれば、
「どこにそのスペースがある」
というのだろう?
ほとんどのアマチュア作家が、新人賞に受賞はするだろうが、
「次回作が書けない」
ということや、
「受賞作よりもいい作品が書けない」
ということから、どんどん、
「作家のタマゴ」
ということで埋もれてくるということになるのだ。
つまりは、
「新人賞に入賞して作家になる」
ということでの、
「入賞というのは、あくまでも、スタートラインにすぎない」
というのは、そういうことなのである。
つまりは、
「自費出版社系のいっていることが、本当のことだ」
ということになるとすれば、
「かなり世の中というのは、歪んでいる」
といっても過言ではないだろう。
どこかが嘘でない限り、無理なことなのだ。
詐欺商法
だから、
「小説家になりたい」
という人の気持ちを食い物にして、うまくだましたところで、最後はうまく逃げることができれば、
「これほどの完全犯罪というのはない」
ということかも知れない。
しかし、実際にやってみると、
「自転車操業」
というものが想像以上に回転が速いということであったり、
「途中があまりにもうまく行き過ぎた」
ということで、実際には、辞められなくなったという事情もあるだろう。
実際には、
「一部の人を騙したところで、うまく身を引いていけばよかった」
ということであろうが、実際に、
「年間の出版高が、日本一」
などと言われることで、経済評論家などから、
「今の時代にあった、画期的な考え方」
ということで、エコノミー雑誌で話題になったりすれば、
「辞めるにやめられない」
といってもいいだろう。
そもそもが詐欺なのだから、本当は、
「ちょうどいいところで、うまく逃げる」
というのが、詐欺というものだろうが、思ったよりも、話題になりすぎたことで、
「引くに引けない」
ということであった。
それを考えれば。
「詐欺商法が、うまくいかない」
というのは、こういう状況もあってしかるべき」
ということになるのかも知れない。
良治は、最初からそのことは分かっていた。
「見積もりの値段を怪しい」
と思った時からであった。
そのうちに、相手の営業が、しびれを切らしてきたのも、その理由であろう。
それだけ、
「そもそも、相手の営業が最悪だった」
ということから、良治は、
「自分が騙されずに済んだ」
と思ったのだ。
相手がいうには、
「協力出版をお願いするのは、自分が、会議に諮っているからだ」
と言いだした。
最初は、
「あなたの作品は素晴らしいが、あなたの作品をすべて出版社が受け持つだけのリスクは負えない」
というのであった。
実際には、その上の、
「出版社がすべて費用を出す」
という、
「企画出版」
というものがあるのだが、その方法を普通は皆目指しているということになる。
もちろん、本を出すのに、
「数百万」
という金を吹っ掛けてくるのだから、一般市民が、しかも、
作品名:詐欺事件のフィクション 作家名:森本晃次



