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限りなく事件性のある

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「過剰融資」
 というものが、儲けるのに必須ということで、
「過剰融資でリスクがある」
 ということはありえないと思われていたのだった。
 抑えなければいけない立場の銀行が、いきなり、
「禁を破る」
 ということをするのだ。
 当然のごとく、
「過剰融資の失敗」
 というものから、バブル崩壊の影響は、一番最初に、
「銀行に現れる」
 というものだ。
 しかし、
「銀行不敗神話」
 ということから、その銀行が最初に破綻したということで、それまでの神話が、
「すべて崩壊」
 ということになるといって、経済界は、一気に浮足立つことになる。
 とはいえ、
「浮足立って、間違いに気づいたとしても、時すでに遅し」
 ということになる。
 一気に、世間は大混乱、銀行が潰れたせいで、その連鎖倒産は、ハンパではなく、あっという間に、会社がバタバタと潰れていく。
「銀行におんぶにだっこ」
 だったところは、ひとたまりもない。
 そうなると、
「世の中は、まったく違う世界が見えてくる」
 ということになるだろう。
 それまでのバブル景気が、すべて嘘だったということで、当然のごとく、
「何を信じていいのか分からない」
 ということになる。
 「神話がそもそも嘘だった」
 ということなので、すべてが信じられなくなる。
「特に会社社長ともなると、その責任に押しつぶされ、自殺者も多かったことだろう」
 事情は、
「高度成長期の倒産」
 というものとは、若干違っているので、自殺の背景も違うだろうが、その間、20年も経っていないということで、
「社会の変革」
 というのは、あっという間にやってくるといってもいいだろう。
 そんな時代を、日本中で味わった。
 実際に、バブル崩壊によって、それまでの甘い体制が引き締められたという時代でもあった。
 昭和の時代は、
「儲ける」
 ということで、
「上ばかりを見る」
 という時代だっただろうが、
「バブル崩壊」
 という、ピークを越えてしまった時代においては、
「いかに、儲けるかということよりも、いかに、被害を少なくするか?」
 ということで、実際に、
「冒険をしない」
 という体制に入ってきたといってもいいだろう。
 ただ、コンピュータの発展であったり、ネット普及などによって、
「携帯電話などの端末」
 と呼ばれるものが発展してきた。
 そんな時代に似合う経済を組み立てることが、今の時代のやり方ということになるだろう。
 そういう意味で、
「田舎の開発」
 というものも、考えられるようになり、それは、
「昔とは考えかたの違う発想」
 といってもいいだろう。
 バブル期であれば、
「テーマパーク」
 の時代のように、
「お金に糸目はつけないが、誘致する」
 というだけで、儲かったという時代だったのだ。
 しかし、今の時代は、
「付加価値」
 というものがなければ、お金にならない。
 そういう意味で、
「癒しを得られる」
 などということから、田舎での開発計画は、考えられるようになった。
 それこそ、
「戦後の高度成長前くらいの発想であろうか?」
 それを考えると、
「時代やブームというのは、繰り返される」
 といってもいいだろう。
 酒尻という街は、一度隣町で温泉が出て、一度、ブームを取り戻したかと思われたが、
「時代が悪かった」
 ということか、
「温泉だけでは、やっていけない」
 ということに気づかず、温泉一本で宣伝を繰り返し、集客を狙ったが、
「思ったよりも、集客ができなかった」
 ということで、結局は、
「町おこしに失敗した」
 ということであった。
 この街が、行おうとした事業は、
「町おこし」
 というものが、全国に普及しようとしていた、さきがけと言われる時期ということもあり、どちらかというと、
「試験的な要素を含んでいた」
 ということで、判断材料になるものが一切なかったといってもいいだろう。
 だから、自治体は、
「ほぼ勘に頼る形で事業展開をしていたが、手探り状態」
 ということで、そもそも、結構甘い展望を示していたということで、成功するわけもなかった。
 他の街では、ここの失敗を教訓に、うまく成功したところもあり、この街の自治体とすれば、
「タイミングを逸した」
 ということになるのであろう。
 それを考えると、
「自治体の混乱」
 というのは結構なもので、
「町長が自殺未遂」
 ということになったり、
「副町長が、夜逃げ」
 ということになったりで、町役場は、その機能がマヒしてしまったというっ状況だったのだ。
 そんな状態だったが、隣町で、
「温泉が出た」
 ということで、起死回生をもくろめると思ったのだ。
 その隣町というのは、酒尻というところで、そもそもは、小さな町が二つあったところだった。
 本来であれば、
「平成の市町村合併」
 ということで、
「一度は、近くの県庁所在地の市に合併される」
 という計画でもあったのだが、そもそもの計画が頓挫したことで、
「余計な町を抱え込むのは困る」
 ということで、この二つは、除外された。
 元々昔から、この二つの街は、
「いずれ、この二つが発展し、合併して、市になることを目標とする」
 ということであった。
 だから、昭和の頃には、
「何かといえば、この二つの街は、県庁所在地の市に、挑戦的なところがあった」
 ということである。
 だから、本当であれば、
「大都市に吸収してもらうことで助けてもらう」
 という方法もあったのだが、
「昔からの確執」
 ということで、お互いに話し合いにもならないだろうということから、
「市町村合併はない」
 と言われ、
「それはそうだろう」
 と皆に言われるのであった。
 実際に、県庁所在地の市に見捨てられた形になったことで、
「最後には、崩壊状態となったところで、その骨を県庁所在地の市が拾う」
 ということになるのだろうと言われていた。
 実際に、
「さすがに、そろそろ持ちこたえられないだろう」
 と言われていたところに、
「温泉が出た」
 ということで、温泉ブームにも乗っかり、ギリギリのところで持ちこたえ、かねてよりの計画通り、一つの市になることで、何とか、乗り切ることができた。
 しかし、実際には、
「一時的な延命」
 というものにしかすぎない。
「温泉が出た」
 といっても、施設を作るのに、かなりの借金もあることから、その赤字体制から脱却するには、計画通りにいっても、
「数年はかかるに違いない」
 ということになるだろう。
 元々、バブル経済の時期に建てた別荘地が、一時期、借金の代償ということになり、
「たたき売り状態であって、それでも、売ろうとしても売れない」
 ということで、
「損を覚悟でも、売れない」
 という時代が長く続いた。
「持っていれば持っているだけで、維持費と、固定資産税で大赤字」
 ということであった。
 だが、バブル崩壊が一段落して、土地建物の値段の下落が落ち着いてくると、
「さすがに売れない」
 という時期はまだしばらく続いたが、そのうちに、売れないまでも、
「固定資産税と維持費は賄ってやる」
 という会社が出てきた。
 もちろん、そこには
作品名:限りなく事件性のある 作家名:森本晃次