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限りなく事件性のある

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 それと同時に、なぜか温泉が出なくなったのだ。
 一つには、戦争のせいで、金属不足であったり、必需品の不足ということなどから、少しでも、農地改革を行うために、この街も、農作物を植えるということを行ったのだが、そもそも、
「温泉が出る」
 という地質ということもあり、
「農作物」
 というものが育つ環境にはなかったのだ。
 そのために、この地区は世間から忘れ去られるという存在になった。
 へたをすれば、
「地図にも載っていない街」
 ということで、国の補助すらなくなっていた。
 住民のほとんどは、街から出て、近くに住み着くというようなことをしていて、戦後の混乱が収まってくると、この街は、いつの間にか近くの街に合併されているようになったが、ただの森林地区として地図には載っているだけで、戦前の栄華を思わせるものは、どこにもなかったのだ。
 それでも、温泉が出るということだけは、残っていたようで、高度成長期になって、政府が、
「地方創生」
 などと言いだすと、次第に、
「田舎のいいところを思い出させる」
 ということで、田舎にも人を呼ぶという政策が取られるようになってきた。
 この街も、
「かつては温泉が出た」
 とは言っても、今はその影はなかった。
 しかし、それでも、まわりの村が、
「いろいろ特産品を売り出す」
 ということと、
「避暑地」
 として、別荘を誘致するということから、
「別荘地」
 としての顔を示すようになってきた。
 別荘地であれば、何も、特産物がなくとも、
「静かで、住み心地がよく、自然にあふれた空気のおいしいところ」
 というだけで、十分だった。
 実際に、この
「酒尻」
 という街は、住み心地と風光明媚という意味では、最高の場所だったのだ。
 実際に、別荘もたくさん建ち、
「避暑地」
 としての利用としては、都心部からの距離を考えても最高の土地である。
 農産物も、一度温泉が出なくなってから、育つようになり、特産物となるものも出てきたことから、
「別荘地」
 としてだけでなく、実際に、常時、住民となる人たちも次第に増えてきたのであった。
 ただ、そのうちに、このあたりの土地が、高速道路の予定地ということが決定し、せっかく戻りつつあった住民も、中途半端な状態になった。
 それにより、昭和の時代では、
「鳴かず飛ばず」
 ということで、それほどの賑わいはなかった。
 しかし、時代が、昭和から平成になった時、夜は、
「バブル経済」
 というものに浮かれていた。
 いろいろな企業が、田舎の土地にも目をつけていて、特に、
「別荘地」
 などというところは、
「爆発的に売れた」
 といってもいいだろう。
 値段も、かなり高騰し、それでも、十分に商売になったという時代。
「財テクをしない経営者は、経営者ではない」
 などと言われた時代だった。
 ただ、そんな時代が長く続くわけもなく、
「バブル崩壊」
 によって、世の中はまったく変わってしまった。
「これから徐々に」
 といっているところはまだいいが、
「巨万の富を投じて、一世一代の掛けに出た」
 という人は、完全に、
「時代に飲まれてしまった」
 といってもいいだろう。
 時代がいかなる時であったのかというのは、それでも、
「すでに現役を引退している」
 という人でなければ知らないだろう。
 今の会社で中心になっている人たちは、それこそ、
「バブル崩壊によって、変わってしあった世界」
 というものを生きてきた人たちということになる。
 つまり、
「バブル経済」
 というものがどういうもので、
「その恩恵がいかに世間を賑わせたのか?」
 ということ、そして、
「その崩壊によって、誰がどのような被害を被ったのか?」
 ということなど、詳しくは知らないだろう。
 本を読んだり、ネットで調べたり、その程度でしか知ることもないに違いない。
 さすがに、酒尻という街は、そこまで極端にひどい目にあった街ということではなかった。
 しかし、
「バブル崩壊」
 という時代は、どんなに被害が少なかったという人でも、必ず少なからずの被害は受けているというもので、
 その被害の度合いというのも、
「その人でなければ分からない」
 といえるだろう。
 見た目は、
「大したことはない」
 と見えることであっても、その人の事情であったり、その前後の状況によって、
「その瞬間だけは、よかったかも知れないが、その前後であったり、全体を見渡すと、決して楽ではなかった」
 という人だって多いはずである。
 それだけに、
「見た目だけにとらわれて、政府の援助なども表から見た部分でしか判断されず、誰にも気にされることもなく、最後には自殺してしまった」
 などという人も少なくなったことだろう。
 自殺というのは、一時期、
「高度成長時代」
 と言われる時期も多かった。
 零細企業と呼ばれる会社、いわゆる、
「印刷所などの、町工場と言われる工場が、バタバタと倒産していく」
 という時代があった。
 その時代は、高度成長時代のピークを越えたといってもいい時代だったかも知れない。
 その、
「高度成長時代」
 と言われた時代の象徴だったものが、
「東京オリンピック」
 であったり、
「大阪万博」
 と言われるものであった。
 これらの時代では、
「公共事業」
 というものを中心に、世の中が発達していった。
「インフラの発展」
 ということで、道路網の拡充、さらには、鉄道の充実、そこに、
「高速道路の開通」
 であったり、
「新幹線開業」
 というものが出てきた。
 それにより、
「公共事業が発展した」
 ということだ。
 そして、その文化の発展は、地方にまでつながり、田舎も発展することになってきた。
 だが、確かに見た目は、
「経済成長」
 というものを、
「奇跡」
 と表現し、経済や、人々の暮らしの水準はどんどん上がってきたといってもいいだろう。
 しかし、それはあくまでも、表向きだけのことであり、実際には、問題が山積みということであった。
 大きな問題として浮き彫りになったのが、
「公害問題」
 というものであった。
 特に、
「公害として、毒になるものの存在を分かっていて、会社の利益のために、公表もせずに、操業を続けた」
 ということでの、人災を招いたということである。
 それこそ、
「経済成長」
 という免罪符の下に、会社の成長を最優先としたことからの問題ということであった。
 実際には、いまだに、国との住民の問題が、半世紀近くも経っているというのに、解決していないという大問題となっているではないか。
 さらに、問題なのは、
「ダム工事」
 などにおける、
「ゼネコンと国家における、汚職」
 という問題であった。
 さらに、その陰に隠れるような形で、
「ダム用地」
 となった村は、ゼネコンが雇った、やくざ連中の嫌がらせによって、土地を追われるという悲劇があった。
 中には、
「殺人事件が起こった」
 などということもあったであろう。
「社会派推理小説」
 と呼ばれるもので、
「ゼネコンやダム建設に絡む汚職事件というものを表向きにして、実際には、殺人事件が裏に潜んでいた」
作品名:限りなく事件性のある 作家名:森本晃次