近未来改造計画
「一部の私利私欲を欲する人のために、世界では、一定数の人が惨殺される」
ということになるわけであった。
実際に、
「ある一定の時代」
までは、どこの工場も、
「戦争のため」
の軍事ロボットというものばかりが作られていた。
だが、そのうちに、
「社会がひっくり返る」
というくらいの出来事として、
「地球滅亡への青写真」
というものが、急に表面化してきたのであった。
実際に、こういう話は、政府が発表する場合など、
「水面下で発表のタイミングを思い図る」
ということが必然ということであったが、今回の、
「地球滅亡の話」
というのは、政府や国際連合にも、
「寝耳に水」
ということだったようだ。
それこそ、
「マスゴミによるスクープ」
といってもいいだろう。
しかも、
「世界全体をパニックに落とし込む」
というもので、まずは、
「その信憑性の有無」
というものを調べることから始めなければいけなかった。
実際に、その信憑性を確かめるということと同時に、
「国民や民衆をいかに納得させるか?」
ということが、今の段階では、最優先ということだったからだ。
もちろん、最優先というものは、いつの時であっても、一つとは限らないだろうが、この時ばかりは、
「誰かの暗躍」
ということがあり、
「わざと混乱を引き起こしているのではないか?」
と考えられたからであった。
確かに、これだけ大変なことであれば、よほど世間の混乱を抑えるごとく、水面下での調整が大切ということであっただろうが、敢えて、混乱を招いたということは、それだけの理由があったということになるだろう。
そこで考えられることとすれば、
「世の中で起こっている、理不尽ともいえる、軍事産業による私利私欲のための戦争状態」
というものを、やめさせようとする組織が出てきたことからであった。
確かに、戦闘によって、軍事産業が潤うということであろううが、そんなことをしていると、実際に問題となっている、
「地球滅亡を早める」
ということになるというのも、当然のことということであり、
もっといえば、
「実際に人が死ぬ」
ということで、
「国家にとって一番大切な人員がいなくなる」
ということである。
「兵士だけではなく、実際に、頭脳を使う」
という人たちもいなくなるわけだ。
そう考えると、今度は、
「じゃあ、兵士をロボットにしよう」
という考えの元、
「ロボット開発」
というものが、発展してくるということになる。
そうなると、
「今まで人間がやっていたことはロボットにやらせよう」
という元々の発想から、
「AI」
というものが発展してくることになる。
そうなると、
「人間は必要ない」
というような、とんでもない発想が生まれてくるということになる。
実際に、
「私利私欲というものだけを考えている連中」
というのは、
「人間と、ロボット」
というものの境目に関して感覚がマヒしてきていた。
そのうちに、
「ロボットの方が作るのに金がかかる」
ということから、
「人間よりも、ロボットの方が大切だ」
という考えになってくるのであった。
ただ、ロボットが、壊れてくれる方が、新しいロボットの発注を受けられるということで、今までは、
「人間の代わりをロボットにさせる」
という考えであったが、今では、
「軍事産業」
というものに限ってだけは、
「人間よりもロボットの方が大切だ」
ということになってきた。
それだけ、
「戦闘ロボットの単価が高い」
ということで、
「人間何人で、一体のロボットに換算できるか?」
ということを、普通に考えているくらいであった。
もちろん、
「モラル的にそんな発想を公表できるわけもなく、そもそも、軍事産業における戦争の斡旋事態が、決して漏らしてはいけない陰謀論」
ということである。
要するに、
「毒を食らわば皿まで」
ということで、
「いったん染まってしまうと、逃れることのできない沼に嵌ってしまった」
ということになるのだろう。
それが、今のロボット業界というものと、人間の、
「私利私欲」
というものにまみれたことでの、感覚のマヒというものにつながっているといってもいいだろう。
だから、
「地球滅亡」
というものも、
「全世界的な大問題」
ということであるが、
「今まで、極秘になっていて、一般人には絶対に知られてはいけない」
ということで、
「決して公開できない問題」
というものを、
「ひょっとすると、このタイミングであれば、解決できるかも知れない」
と考えられた。
「いや、このタイミングでないとありえない」
ということを考えると、
「どちらも、優先順位としては、甲乙つけがたい」
ということになるだろう。
しかも、この問題を、混乱を避けるために、本来であれば、
「水面下で進める」
ということになるのだろうが、敢えて、
「公表し、世間に緊張感を振りまく」
という暴挙ともいえる状況に導いたというのは、今回のような、
「甲乙つけがたい」
といわれる、
「優先順位」
というものの問題解決には、不可欠だったということであろう。
実際に、想定していたほどの混乱は起こらなかった。
というのは、
「それらのウワサは、実際には少しずつ漏れ聞こえるという形で知らされていたということからであった。
「世界滅亡」
への対策のための、責任部署とは別に、今まで、それぞれに、
「国家単位」
ということで、
「少しでも、浸透させるだけのものが必要」
ということで、それぞれの組織が暗躍していたおかげといえるだろう。
「結果的には事なきを得た」
ということであるが、
「その発想が、国家における時代を象徴している」
といってもいいだろう。
そんな世の中において、
「その時々のターニングポイント」
というものが存在していて、そのタイミングを的確に把握することはできなかったが、うまく立ち回ることはできたようで、
「今はうまく平和な世の中」
というのが、
「一時的な平和」
ということなのかも知れないが、成立していた。
さすがに世界から、紛争がすべてなくなるということはなかった。
何しろ、太古の昔から受け継がれてきた因縁というものが、時系列で育まれてきたということなのだから、
「そう簡単に、平和が手に入るわけはないということであった。
実際に、そんなに簡単に平和になるくらいであれば、
「国際社会においての、巨大な組織」
というものはいらないということになるだろう、
それでも、
「戦闘は若干減ってきている」
というのは事実で、それだけ、
「戦争が、地球破壊を確実に進めている」
ということに、信憑性があるということから巻き起こった、
「反戦運動」
というものであった。
ただ、以前のような、
「政府による、国家間の戦争」
というわけではなく、
「自然発生的に起こった、突発的な戦闘」
というものからはじまっているということなので、
「その避難の先というのも微妙」
ということである。
そもそも、戦闘の勃発というのは、



