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近未来改造計画

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 というものが切れることで、今度は、
「さらに強力な兵器を」
 ということで、
「いたcじごっこを繰り返す」
 ということになるのだ。
 そうなると、
「平和利用」
 などというのはありえないということになるのだが、それでも、
「東西冷戦」
 というものが終わり、今度は平和利用というものを考えた時、
「事故が起こる」
 ということから、真剣、
「脱原子力」
 という発想になるのであった。
 それこそ、
「核の抑止力」
 というものが幻だったという時点で、
「核兵器というのは、無用の長物でしかない」
 ということになったのであった。
 かといって、世界にある核兵器を処分できるわけもない。とりあえず、核兵器はそのままにしておいて、別の平和利用というのを考えることになったのだ。
 というのも、
「地球滅亡」
 というシナリオが、
「冗談ではなくなってきた」
 ということからである。
「自然環境の破壊」
 というものが、真剣みを帯びてきた。
 それが、
「地球温暖化」
 と呼ばれるもので、今はさらに、加速しているということから、
「地球沸騰化」
 とまで言われているようだ。
 最初の頃は、あくまでも、年数は例であるが、
「100年後くらいには危ないだろう」
 ということが言われていたとすれば、それから30年も経たないうちに、
「後30年くらいで危ないのではないか?」
 というほど、極端ではあるが、その加速は、ハンパではないと言われているのだった。
 ただ、実際に、
「時代は繰り返す」
 ということから、
「過去の歴史」
 というものを勉強することで、
「何か新しい活路が見いだせるのではないか?」
 と考えている人がいる。
 その人が、アンドロイドをその研究に使おうと考えているのであった。

                 平和な社会

 時代は、まるで奇跡のように進んだ。
 あれだけ、
「地球はこのままでは滅びる」
 ということが言われ、しかも、その進行度は、
「想像よりもはるかに速い」
 ということであった。
 だから、
「地球が滅びるのはしょうがない」
 ということを考えながら、
「だとすれば、自分が生きている間は、少なくとも、滅びなければそれでいい」
 と考えるようになった。
「子供たちの世代はどうするんだ?」
 とばかりに、
「そんなことは無責任だ」
 と言ったとしても、実際に、
「無責任だ」
 という人間とすれば、口でいうだけ、自分たちに何かができるというわけではない。
 それこそ、
「できもしないことを、まるで偽善者のようにいうのこそ、よほど、無責任だといえるのではないだろうか?」
 だから、今の世の中は、少子高齢化と言われても仕方がないといってもいい。
 先の時代に、無限に人類が発展しながら続いていくということで、そこに弊害があるというのであれば、今の自分たちに責任はあるかも知れないが、
「結局は、滅びることは避けられない」
 ということで、完全に延命処置をしているだけだということであれば、
「地球の運命を勝手に変える」
 ということはしない方がいいと思うのだ。
 確かに。
「過去の環境破壊が、地球の寿命を縮めた」
 ということも事実ではあるだろうが、それを、
「運命だ」
 ということにするのであれば、
「地球破壊ということに気づかなかった」
 というのは、確かに罪なのかも知れないが、
「不可抗力」
 といってもいいだろう。
 だとすれば、それを、今の時代の自分たちに背負わされるというのは、ある意味、
「理不尽だ」
 といってもいいだろう。
 だったら、
「科学の力」
 で、地球がいつ滅びるか?
 ということを計算し、それまで、自分たちがいかにすればいいか?
 ということを考えた方がいいのではないだろうか?
「到底無駄なことだ」
 という地球破壊という運命を変えられないとするならば、
「まだ、他の星で、地球環境に似たところを探す」
 という方が、説得力があるかも知れない。
 ただ、発想はあくまでも、
「自分たちが死ぬまで地球が存在している」
 ということが最優先である。
 そう考えると、
「どうせ地球が滅亡するのであれば、人類を残す必要はない」
 ということになるだろう。
「自分たちの孫の世代くらいで、地球には住めなくなる」
 ということになるのであれば、
「子供をその世界に置き去りにするというのは気の毒だ」
 ということである。
 だとすれば、
「最初から子供を作らず、最悪でも、自分の子供には、この運命を与えるようなことはしない」
 ということを考えれば、
「子供は作らない」
 ということになるだろう。
 政府の連中が、いくら、
「少子高齢化が問題だ」
 といっても、
「地球滅亡」
 という壮大な問題から考えれば、
「少子高齢化」
 という問題は、本来避けて通れない問題を、別の視点から、避けさせようとしているとしか思えない。
 本当は、少子高齢化の解決方法で、
「他にいい方法がある」
 ということを分かっていながら、それをしようとしないのは、政府とすれば、
「どちらも大きな問題だが、自分が生きている間に、どっちに重きを置けば、得をするか?」
 ということを考えているのかも知れないと思うのだ。
 もっとも、
「政府の連中が、そこまで頭がいいとは思えない」
 というのも、一つの考え方ということであろうが、それよりも、
「悪知恵が働く」
 という意味では、
「政治家としては、性格も頭も最優先でできているんだろうな」
 ということであった。
 だが、実際に、
「地球崩壊」
 というもは避けられないと考えていたが、どうも、
「核兵器」
 というものの平和利用という発想が、
「地球の延命」
 ということに役立つかも知れないということを、学会で発表し、
「賛否両論」
 かなりの話題を世間に振りまいたようであった。
 一般的に考えると、
「この考えはこれ以上危険なものはない」
 ということで、
「世間を敵に回した」
 と言われているようだ。
 しかし、そもそも、
「科学の平和利用」
 というものを、今まで何度も言われてきたはずなのに、その効果どころか、次第に、何も言われなくなったということで、それこそ、
「社会平和というものを、言い訳、あるいは、免罪符として、核兵器は使われてきた」
 ということの弊害が出ているということであろう。
 実際に、物理学者で、核に詳しい学者からすれば、
「忌々しい」
 と感じているようだ。
 しかし、実際に、
「平和利用は可能だ」
 ということを考えているが、結果として、
「事故が起こったりして、最悪の結果になっている」
 ということであるが、問題というのは、
「人災が多い」
 ということであった。
 そのあたりをしっかりすれば、
「核による平和利用」
 というのは可能ではないだろうか?
 ただ、かなり難しいということは分かっている。
 だから、簡単にはいかないだろうし、今までの人災による、
「失った信用」
 というものを取り戻すということは、ほぼ不可能に近いということであった。
 ただ、今度のような、
「地球崩壊」
 という問題であれば、
「政府の理屈」
作品名:近未来改造計画 作家名:森本晃次