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近未来改造計画

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 そもそも、ただでさえ緊張するというものなのに、組織の暗躍は、脅迫によって成り立っているということで、科学者には、
「まったくふさわしくない社会」
 といってもいいだろう。
 だから、組織としては、
「科学の発展」
 というものも、その優先順位から考えれば、かなり高いものだといえるのだろうが、実際には、
「脅迫観念において、結局は、がんじがらめになってしまうことになる」
 ということであった。
 だから、
「科学の発展」
 というものが、ままならない時代というのは、
「暗躍する組織が幅を利かせている世界だ」
 といってもいいだろう。
 これが国家であれば、少なくとも、
「表にそのやり方を出している」
 ということで、
「いつどこで暗殺されるか分からない」
 ということはないといってもいいだろう。
 国家元首の力が強い時代ということは、
「国家の仕事として請け負っている人たちにとっては、その身の安全は少なくとも保証されている」
 といってもいいだろう。
 だが、
「国家元首によって守られない」
 ということは、その力の出どころは、
「暗躍の組織」
 ということで、すべては、暗躍によってかたが付けられる。
 そうなると、
「表に出ている」
 ということが、自分の安全をどれだけ保証してくれているかということが分かるというものであった。
「科学の発展」
 ということで、今一番の最優先となっているのは、
「ロボット開発」
 ということであった。
 その中でも、
「アンドロイド」
 と呼ばれるものである。
 実は、
「サイボーグ」
 と呼ばれるものの開発は、ほぼ済んでいた。
 これは、
「身体は、ロボットということで、人工的なもの」
 ということであるが、
「頭脳に関しては、あくまでも、生身の人間のもの」
 ということで、
「人口知能」
 というものの開発がいらないということで、開発にはそこまで力を入れる必要はなかったのだ。
 ただ、これは、人間においての、
「臓器移植」
 のような問題があったのも事実で、へたをすれば、
「拒否反応」
 というものが起こり、それが、頭脳に悪影響を与えると、それこそ、
「理想の人間を作ろうとして、怪物を作ってしまった」
 といわれる、
「フランケンシュタインができてしまうのではないか?」
 という危惧があったのも事実だった。
 だが、
「その心配はない」
 といえる。
 そもそも、サイボーグを作る場合に、
「脳を移植する」
 ということだけでは、サイボーグはできない。
 そこには、電力などの、強力なエネルギーを与えるということで、初めて、
「脳が活性化する」
 ということだ。
 実際に、
「拒否反応」
 というものが起こるとすれば、移植してすぐの状態である。
 ということで、力を与える前に分かるのだ。
 この時、
「拒否反応を起こさない」
 ということであれば、
「十中八九、力を与えても大丈夫」
 ということになる。
 そういう意味で、
「フランケンシュタイン症候群が起こったのは、拒否反応を示していたことに気づかずに、強力な力を与えてしまった」
 ということで起こったことだと考えれば、辻褄が合うといってもいいだろう。
 だから、今ではそのあたりの検証が済んでいるので、
「サイボーグ」
 というような、
「人造人間」
 に対しては、ほぼ、時代が追い付いたといってもいいだろう。
 しかし、問題は、やはり、
「人口知能」
 というものを持ったロボットやアンドロイドと呼ばれるもので、
「フレーム問題」
 というものの解決が不可欠ということで、どうしても、
「無限に広がる可能性」
 というものを解決できない限り、先に進まないということになるのだ。
 そんな中で、
「科学の平和利用」
 ということが、科学研究を続けるうえでの、
「大前提」
 ということであった。
 なんといっても、
「核エネルギー」
 というものが、
「戦争を終わらせるため」
 そして、
「戦争を不可能にするため」
 ということのために、爆弾として生成され、次なる、
「東西冷戦」
 と呼ばれる時代において、
「平和利用どころか、結果として、自然破壊につながり、今のままいけば、地球の滅亡に拍車をかけることになる」
 ということであった。
 それは、
「核開発」
 というものに限ったことではないが、
「地球環境の崩壊」
 というものは、少なくとも、人間のエゴによるものだといってもいいだろう。
 そんな
「科学の平和利用」
 という時代がやってきたことは、ある意味、
「奇跡」
 といってもいいかも知れない。
 そもそも、
「核兵器」
 のように、確かに戦争を終わらせるためということのために、開発された原爆というkとであったが、確かに、
「大東亜戦争の終結」
 ということに、
「一役買った」
 ということに間違いはないといってもいいだろう。
 しかし、
「大東亜戦争が終わってから、平和利用につなげる」
 ということをせず、
「東西冷戦」
 というものの、盾として使うということになったのだ。
 確かに、
「相手国は、ナチスの科学者を引っ張ってきて、原爆開発に躍起になる」
 ということであったが、本来であれば、
「核兵器というものの恐ろしさを示す」
 ということで、何も、
「東西冷戦」
 というものを煽る必要もないといえるだろう。
 しかも、
「原爆開発というのは、戦争を早く終わらせるということが目的だ」
 ということで、自国内であったり、国際社会に、そういって訴えているのだから、
「核兵器は、本当は危ないものだ」
 ということで、
「投下後の現地の調査」
 において、分かっていることだったではないか。
 もし、
「原爆使用反対」
 などと言えば、
「実際に使用しておいて、どの口がいう」
 ということになるのが怖いということであろうが、逆に考えると、そもそも自分たちは、
「戦争を早く終わらせるために、やむを得ず使った」
 といっているのであれば、ここで、
「核の脅威を証明し、二度と使わない、いや、使えないようにする」
 ということが、本来の意味での、
「平和を取り戻した」
 ということになるのではないだろうか。
 それを、
「使用したことで非難される」
 という発想になるということは、
「これからも所持する」
 ということへの表れになるということである。
 つまり、
「原爆使用は、戦争をやめさせるため」
 ということではなく、
「持っていることで、絶対的な国際社会に対しての立場と力を有することができる」
 ということになるのであろう。
 しかも、目の前に迫っている、
「東西冷戦」
 というものが分かっていることで、
「このまま優位性を保っていく」
 ということが最優先と考えるから、
「核兵器の所持の正当化」
 を証明しないといけないということになるのだろう。
 だが、
「持っているだけで、平和が守れる」
 という理屈は通用しないということが分かった時には、どうすることもできなくなったということであろう。
 相手国も、必死になって、強力なものを完成させようとする。遅れをとると、
「力の均衡」
作品名:近未来改造計画 作家名:森本晃次