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近未来改造計画

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 そもそも、歴史を見てくれば、その時々に節目のようなものがあり、例えば、
「クーデター」
 であったり、政府転覆などの事件というものが起こったりすると、
「これで正解だったのか?」
 ということが言われる。
 もちろん、その事件を影響で、世の中が変わってしまったとすれば、
「変わってしまった世界が答え」
 ということである。
 ただ、それが正解なのかどうかということは、誰にも分からないというのが、本当であろう。
 ただ、
「歴史は繰り返す」
 ということで、結果として歴史を見ていると、
「ある一定の期間」
 というものを中心に、
「歴史が繰り返されている」
 といってもいい。
 平和な時代においては、
「ブーム」
 と言われるものであるが、もし、
「何かの事件で、歴史が変わってしまえば、その結果が、予知していた結果になったかどうか?」
 というのが、まずは考えることであろう。
 しかし、それはあくまでも、
「暗躍した連中から見た立場」
 ということであり、その通りになったのだとすれば、
「クーデターは正解だった」
 といってもいい。
 しかし、そのために、それまで
「うまくいっていた」
 と思っていた人たちにとっては、
「クーデターによって、めちゃくちゃになった」
 ということになる。
 それこそ、
「絶対的な力や、権力を持っている人が、その力によって、正否を決定できるということであれば、歴史の答えというのは歴然ということであろう」
 つまりは、
「歴史の答えは、権力によって、作られるもの」
 という結論になるからだ。
 しかし、絶対的な権力のないところであれば、
「多数決」
 ということになる。
 それが、民主国家というもので、
「歴史が出す答え」
 というのは、その国の国家体制で変わってくるといえるだろう。
 だから、
「自分たちの国家体制」
 というものとまったく違う体制は、彼らにとって、
「許せない」
 ということになるのだ。
 自分たちにとっての、
「正義」
 というものを、証明することができず、本来であれば、持っていなければいけない、
「絶対的な力や立場」
 というものを証明することができないからだ。
 そうなると、
「国家元首」
 というものは弱いもので、
「国家の代表なんて、本当に貧乏くじだ」
 ということになるだろう。
 それこそ、
「いくら金を積まれても、命を絶えず狙われるというリスクがあるのだから、誰が、国家元首になどなるというのか」
 ということである。
 だから、
「影で暗躍する組織の長」
 というものを目指すのだ。
 少なくとも、
「国家元首というものであれば、影で暗躍する」
 ということは許されず、そもそも、
「影での暗躍など、物理的に不可能なことだ」
 といえるであろう。
 国家というものが、
「絶対的な力を持っている」
 というものとなると、国際社会というものでの、いさかいが起こることになる。
 というもので、
「国家の力がなくなってくる」
 ということになると、今度は、
「国家内部における暗躍する組織が力を持っている」
 ということになるであろう。
 しかも、そんな二つの体制が、今までの時代には、交互に繰り返されるということになり、それは、
「お互いにそれぞれの時代が確立していく中で、ある程度の体制が固まってくると、最後は飽和状態になり、それこそ、バブルのようなものが弾ける」
 ということになるのであった。
 実際に、
「暗躍する組織を中心とした世界」
 というものが蔓延ってきて、国家や、国際社会なるものの存在がまったくなくなってきたという無法地帯の時代が、
「飽和状態」
 を迎えると、
 またしても、一気に
「一瞬にして変わってしまった世界」
 ということになるのであった。
 新しい時代に入ってくると、
「この時代も、過去にはどこかにあったんだろうな」
 という思いと、
「この時代が、いつまで続くことになるんだろうな」
 という思いとが交錯するという感覚であった。
 ただ、
「今までの各時代からすれば、比較的平和な時代」
 といってもいいだろう。
 ただ、その平和というものが、どれだけの時代なのかということを考えれば、
「それぞれ、平和や、混乱という言葉が示すことに、正義はあるのか?」
 ということを考えさせられるのであった。
 少なくとも、
「戦争というものはなく、組織の暗躍も収まっているようである」
 ということは言えるだろう。
 ただ、そこで生まれてきた言葉として、
「自由」
 というものがあった。
 一瞬にして変わってしまった世界の前にも、
「自由」
 というものはあったのだ。
 といっても、それは、
「組織による暗躍が、組織の理屈での自由」
 ということであり、組織の数だけ、自由というものがあったということになるのだ。
 ただ、一般的な自由というのは、
「そんなにたくさんあってはいけない」
「真実は一つ」
 と言われるように、
「一つでなければいけない」
 というものが世の中にはたくさんある。
 そういう意味で、
「一つでなければいけないもの」
 という発想と、
「自由」
 という発想では、どこまで、並行して考えることになるのだろうか?
 実際に、
「自由」
 というものを優先した時、その弊害として、犠牲になるというものがあるとすれば、
「同じ民主主義の双璧といってもいい、平等と言われるものではないだろうか?」
 ということになるのだ。
 それを考えると、
「結局は、自由と平等が双璧である」
 ということにんあれば、
「自由と真実」
 というのも、
「双璧といってもいいのではないだろうか?」
 と考えられるのであった。
 そういう意味で、この、
「一瞬にして変わった世界」
 というのは、
「それまでの世界が、間違いだった」
 ということであれば、
「今の世界が、求めていた正義だ」
 ということになるだろう。
 実際に、特撮やアニメなどでは、
「過去の世界」
 というものを、非難する形で、今の時代をヒーローとして祀り上げる。
 一種の、
「プロパガンダ」
 といってもいいだろうが、この時代になると、やたらと正義というものを前面に押し出した教育方針というのが目立ってくるのであった。
 今の時代は、
「暗躍する組織」
 というのも、
「絶対的な力を持った政府」
 というのも存在しない。
 この時代の特徴は、
「科学の発展によって、平和な世界を、より平和な時代にしよう」
 という目的を持っているのであった。
 実際に、それまでの時代であれば、
「科学の発展」
 というものが、各々の組織によって発想がバラバラということで、それこそ、
「何が正義なのか分からない」
 ということで、科学者も、研究に踏み出すということができなかった。
 暗躍する組織の連中というのは、それこそ、昔の言葉でいうところの、
「筋肉バカ」
 といってもいいくらいで、
「強靭すぎることで、融通が利かない」
 ということで、
「力の前では、開発する方も、その体制に入ることができない」
 ということであった。
作品名:近未来改造計画 作家名:森本晃次