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近未来改造計画

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 の開発ラッシュによって、いろいろな戦闘時の弊害というものが出てきた。
 一つは、
「塹壕戦によっての身体の異変や、病気の蔓延」
 というものである、
 そもそも塹壕戦というのは、
「敵の大砲の玉」
 であったり、
「機関銃照射から逃れる」
 ということで、
「塹壕という穴を掘って、相手と撃ち合いになった時、そこに隠れて攻撃する」
 ということで、実に時間が掛かる戦闘であった。
 さらには、
「戦車」
「戦闘機」
 などという、それまでなかった鉄の塊が、地上や空から攻撃してくるということで、その兵器への怯えもあっただろう。
 さらに大変だったのが、
「毒ガス攻撃」
 である。
「無味無臭」
 ということで、気づいた時には、毒ガスにやられていて、死ぬには至らなくとも、戦場を離脱した後、その後遺症で、身体に一生の後遺症が残るということになるのだ。
 もちろん、国家がすべてを保障してくれるなどない。勝った方であれば、まだ何かしらあるかも知れないが、敗戦国であれば、まず保障などされることはない。
 何十年も争うということで、
「いずれは、国家が保障してくれるかも知れない」
 という、考えは、ほぼないといってもいい。
 それだけ、
「戦争というのは、いったん起こしてしまうと、取り返しのつかない悲劇を生むことになる」
 といってもいいだろう。
 さらに、時代が進み、爆弾なども、
「殺傷能力が高くなる」
 というものであったり、
「必ず後遺症が残る」
 ということで、戦闘目的というんものが、
「敵兵を苦しめる」
 ということに目的がシフトしてきたといってもいいだろう。
 そんな時代の結末が、
「一発で、大都市を壊滅させる悪魔の兵器」
 といわれる、
「原子爆弾」
 ということである。
 その時点で、
「究極の兵器の登場」
 ということで、戦争がなくなるというのが普通なのかも知れないが、実際には、
「東西冷戦」
 という都合のいいものが現れたということで、その後も、
「戦争がなくなるということはない」
 ということであったのだ。
 ただ、本来であれば、なくなってもいいはずの時代というものを通り越してきたのに、実際には、
「無限に続く状態が巻き起こった」
 というのは、それこそ、
「秘密結社の暗躍」
 というものが存在し、それこそ、
「陰謀論」
 というののが叫ばれるようになると、それこそ、
「軍需産業を使っての、私利私欲を貪る」
 ということになるのだろう。
 だから、
「この世から戦争というものがなくなることはない」
 ということであり、
「もし、なくなることがある」
 とすれば、それは、
「世界が滅亡してしまい、戦争が物理的に不可能になった」
 という場合だけである。
 それを考えると、
「逆に、今までにない平和な時代」
 というものを求めるとすれば、
「陰謀論が蔓延る世界」
 ということを熟知したうえで、
「そのような暗躍を分かったうえで、考えた作戦」
 というものが、功を奏するのではないだろうか?
 つまりは、
「今の時代でしかありえない」
 ということである。
 この国において、それまで戦争がずっと繰り返されてきたのは、
「やはり、裏の陰謀論者による、世界壊滅の青写真を、最後の切り札ということで、暗躍していたからだ」
 ということからであった。
 しかし、
「陰謀論というものが、その話に信憑性が増してくると、冗談ではなくなってくる」
 というものである、
 実際に、
「戦闘員がすべて帰国してきて、国内で、戦争というのはなくなった」
 ということが言われ始めたからであった。
「かつての、反戦運動によって、帰国してきた兵士が、いかに悪く言われたか?」
 ということを考えると、政府としても、
「帰還兵士」
 というものが、
「いかに、差別を受けないか?」
 ということを考えさせるというものである。
 中には、
「本来であれば、国の名誉のために戦ってきたにも関わらず、マスゴミに煽られて、残虐写真が公表されたりしたことで、
「残虐者」
 というレッテルを貼られてしまうのであった。
 実際には。
「お国のために」
 ということのはずであり、本来であれば、
「死ぬかも知れない」
 というところに、
「誰が行きたいと感じるものか」
 ということであろう。
 実際にそんな、戦争であったり、時代があったわけで、
「歴史の事実」
 ということで、本来であれば勉強していてしかるべきなのだろうが、どこまで正しく認識しているかということである。
 実際に、
「戦争というもので、感覚がマヒし、残虐行為を行った」
 という人も少なくはないだろう。
「集団意識」
 というもののなせる業ということだってあるだろう。
 実際に、戦争というものが、
「見た目だけで判断できるものではない」
 ということであるし、実際に、
「戦意高揚」
 ということであったり、
「戦費の確保」
 ということから、
「世論を味方に引き入れる必要がある」
 ということで、
「国民への洗脳が必要だ」
 ということになるわけだが、これは、必然的に、
「国民全員」
 を洗脳する必要があり、少しでも違った考えがあった場合は、
「最初からしない方がいい」
 というくらいに、
「微妙な考え」
 といってもいいかも知れない。
 だから、
「全員の洗脳」
 などというのは、
「物理的に不可能」
 というもので、
「金銭的にも、力関係としても、不可能なことだ」
 といえるのではないだろうか?
 それでも、今回の戦争は、
「かつての戦争の二の舞は踏まない」
 ということで、
「金銭的というよりも、物理的に不可能なことを無理はしない」
 と考えるようになっていたのだ。
 だから、
「まずは、平和な世の中を、国民に洗脳する」
 という作戦を取った。
 洗脳というものでも、
「平和」
 というものに対しての洗脳には、難しいということではない。
 そもそも、平和というものを、誰もが望んでいるということで、わざわざ、その方向にもっていくということをしなくてもいいということになるだろう。
 実際に、
「平和」
 というものがどこからくるのかというと、
「人間の中に潜在的に潜んでいる、欲というものが、表に出てくることを正当として考える」
 ということからの発想だったのだ。
 だから、欲として、
「食欲、性欲、睡眠」
 などと、
「摂取しないと、死んでしまう」
 という、絶対に必要なものというものを、まず考えるようになったのだ。
 その中でも、
「食欲、睡眠欲」
 などというのを満たすのは、
「帰国した時点で叶う」
 ということである。
 しかし、
「性欲」
 というものは、戦争において、実際に行った、
「残虐行為」
 という中で、
「占領した村の婦人を、ことごとく暴行する」
 などというのは、当たり前のように行われていた。
 それこそ、
「戦利品」
 という考えと、
「明日死ぬかも知れない」
 ということから、
「したいことはできる時にしておく」
 という考えで、
「モラルや倫理」
 などというものに対しての感覚は、完全にマヒしてしまっているといっても過言ではないだろう。
作品名:近未来改造計画 作家名:森本晃次