小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

予知能力による抑止力

INDEX|6ページ/16ページ|

次のページ前のページ
 

 鈴村とすれば、
「おかしな理屈だからこそ、あの時、佐土原は、俺に言い訳をしなかったんだ」
 と思ったのだ。
 だから、
「佐土原だったら許される」
 ということから、佐土原が逆らわないという理屈から、
「脅しをかければ何でもする」
 という行動に出たのだ。
 それを、
「理不尽だ」
 ということで、自分に逆らってこない佐土原を見ることで、
「これがあの時の答えなのか?」
 と感じることになるのであった。
 佐土原というのは、
「俺は、苛めから逃れられないのか」
 と思うようになった。
 それまでは、他の連中からの、
「集団でのいじめ」
 ということであったが、今度は、
「鈴村という男から、単独での脅し」
 といういじめに変わったのだ。
「片方から逃れることができたにも関わらず、他の勢力に食いつかれた」
 と考えるべきなのか、それとも、
「両方から責められるという状況になった時、それぞれが打ち消しあうという、相殺という形で片方の脅威がなくなった」
 というのは、いい方にも考えられるということであろうか、
 実際には、
「よくも悪くもなく、ただ。対象が変わっただけ」
 ということで、それを考えると、
「俺は苛めというものから逃れることは絶対にできないのではないか?」
 と考えるのであった。
 まるで、
「押し寄せてきた波を払いのけようとする」
 という状況に感じられる。
 そういう意味で、波を想像した時、
「見えているものが、ただ、横に移動しているだけの、それこそ、交わることのない平行線を描いている」
 といってもいいのではないだろうか。
 そう思えば、
「波を、現在」
 と考えるとすれば、
「時系列というものは、波だ」
 ということになり、
「過去だけがどんどん増えていく波」
 と考えると、
「まるで、尺取虫のようだ」
 という発想に至るのであった。
 それこそ、
「次元のゆがみを感じさせる」
 というものであり、その感覚が、
「ついこの間感じたような気がする」
 と、鈴村に感じさせることであり、それがm結局は、
「佐土原から納得させられる答えが得られなかった」
 ということに匹敵することではないかと感じたのであった。
「ただ、納得させてもらうだけでよかったのに」
 ということで、その考えが、
「個人的な単独な考えが、単純な答えを引き出してくれない」
 という発想につながるということを、理解できなかったのだ。
 つまり、
「理解できない自分が本当はいけない」
 ということなのに、
「寂しさや孤独というものの感覚がマヒしている」
 ということで、
「どうしても、自分が納得できる」
 ということにならなければ、
「今まで自分が犠牲にしてきたことがあったことで、今まで生きてこれた」
 ということを考えると、
「納得させてくれない佐土原という男が許せない」
 と思うのだった。
 佐土原が、
「どうして万引きをするのか?」
 ということは、鈴村は考えなかった。
 本当はそこから考えるのが当たり前なのに、そのことに考えが至らないから、
「相手に納得させてもらう」
 ということが当たり前のことなのだと思えてならないのであった。
「俺にとって、佐土原という人間は、何かを教えてくれるというタイプの人間ではない」
 ということから、
「俺のために役立つには、俺用に洗脳する必要がある」
 とまで考えたのだ。
 それも、
「俺を納得させられる人間になれば、俺の勝ち」
 と思っていた。
 だから、万引きもさせられた。
 そして、もし万引きが捕まっても、
「佐土原は、俺に命令されたということを絶対に暴露しないだろう」
 と思い込んでいた。
 実際に、佐土原も、
「暴露しようなどとは思ってもいなかった」
 というのは、
「佐土原は、いじめられっ子特有の、保身本能のようなものがあり、自分がどのように対応すれば、一番被害が少なくて済むか?」
 ということを考えていた。
 なぜなら、
「これ以上虐められないようにするには、何も言わないようにするのが一番いい」
 ということで、いつも、
「消去法」
 という考えから、
「ひどい目に遭わないようにするために」
 ということから、
「余計なことを言って、起こらせたりするよりも、黙ってやり過ごす方が被害が少なくて済む」
 ということを考えているのだった。
 だから、今回も、特に、
「鈴村という男は、まわりと関係を持たない」
 ということを信条としているということを分かっていた。
 いじめられっ子というのは、
「被害を最小限に」
 ということで、まわりをよく見るということに長けていたりする。
 しかし、それはあくまでも、
「保身のため」
 ということで、絶えず、気が遣えるということはないのであった。
 それを、人によっては、
「いじめられっ子は、いつも気を遣っている」
 ということで、まわりに神経を遣うことに長けていると思われているかも知れないが、実際にはそんなことはないのだ。
 いじめっ子やいじめられっ子という尺度から考えると、
「その発想は、実に小さなもので、お互いに、気を遣っているそぶりを示さないと、先にも前にも進めない」
 ということになる。
 結果として、
「交わることのない平行線ということになるのだろう」
 ということである。
 鈴村という男は、佐土原を脅すことに慣れてきたのか、次第に罪悪感がなくなってきたようだ、
 他の人を騙すようになっていて、次第に、自分が凶悪化していくことが怖くなっていた。
 しかし、それも、ある戒めがあったことでしなくなったのだが、そもそもの、
「佐土原に対しての苛め」
 というものだけは、収まることはなかった。
「これをやめてしまうと、自分が自分ではなくなる」
 という意識があったのと、
「バランスと均衡がなくなってしまう」
 という感覚があったのだ。
 この感覚は、鈴村だけが感じているものだと思ったが、意外とこの感覚は、彼だけのものではなかった。
 そのことを実際に感じているかいないかは、その人それぞれなのだろうが、鈴村の場合は、毎回ではないが、定期的に意識しているという感覚であろう。
 それこそ、
「定期的に、躁状態とうつ状態というものが、交互に襲ってくる」
 という、
「双極性障害」
 のようなものといってもいいのではないだろうか?
 そんなことを鈴村は考えるようになったが、自分が、
「交わることのない平行線」
 というものを時々意識しているということを感じるようになっていたのだった。
 それは、元々、
「人とかかわることがいやだ」
 という感覚を持っているくせに、一人の人間を脅迫するということによって、関わってしまったことが、
「自分を変えた」
 ということを意識するようになり、その意識が、
「定期的な、両極端な精神状態を持つ」
 ということで、
「もっと人と関わらなければいけない」
 という状態になったくせに、今度は、それが、飽和状態になってくると、
「元々の、人と関わりたくない」
 という性格を思い出したのか、気が付けば、その正確に戻りつつあったということであった。
 だが、最初に関わってしまったことから離れることはできない。
作品名:予知能力による抑止力 作家名:森本晃次