予知能力による抑止力
「人間が組み込んだ頭脳」
つまりは、
「人口知能」
というものが問題になるということである。
つまり、
「ロボットは、次に起こることを予測して、行動をとる必要がある」
ということになる。
すると、
「次に起こること」
というのは、
「無限の可能性」
ということになるのだ。
単純に考えて、無限の可能性というものを予知することは不可能であり、その方法として考えられたこととして、
「物事をパターン化することで、可能性を無限から有限にしよう」
というものであった。
しかし、数学的に考えると無理なことであって、
「無限というものは、何で割っても、無限でしかない」
ということである。
つまり、どのように、パターン化しても、可能性というのは、結局は無限でしかないということになるのだ。
ということになると、
「無限に広がる可能性」
というものを無限でないようにしようとすれば、
「最初から分かっている」
ということでの、
「予知能力」
というものがなければいけないということであろう。
つまり、
「予知能力」
や、
「予知夢を見る」
ということが、超能力だということになれば、人間には備わっているかも知れない超能力を、ロボットの人口知能に組み込むことができれば、不可能ではないということであろう。
ただ、そうなると、
「予知夢」
であったり、
「予知能力」
というものが、超能力と考える場合と、
「タイムスリップ」
などによる、
「未来を見ることができる装置を使う」
と考えれば、
「ロボットには、未来を見ることができる」
というものがなければ、いけないということになるだろう。
しかし、普通に考えて、
「人間には、超能力というものが備わっているかも知れないが、実際に、予知能力を使う」
ということはないといってもいいだろう。
しかし、
「次の瞬間に起こるであろう、無限に広がる可能性」
というものを予知できているわけではないのに、無意識に、迷うことなく行動しているではないか。
これは、人間以外の動物であっても同じことで、動物の場合は、
「本能というものが、遺伝子によって受け継がれていることで、基本的に、自然の摂理に従って、生命を営んでいる」
といってもいいだろう、
人間も、さすがに、動物ほどの本能はないが、人間としての、
「頭脳」
というものがあることで、
「本能」
と併用しながら、営みを繰り返しているということになるだろう。
しかし、ロボットの場合は、動物のようんあ、
「本能」
というものがない。
先祖から受け継がれた、
「遺伝子」
というものがないので、当然、
「動物の本能」
というものは持ち合わせていない。
つまり、本能というのは、
「人間を含めた動物」
というものにこそ与えられたものということになるのだ。
本来であれば、ロボットに、
「本能」
のようなものがあれば、そこまで人間が苦労して開発するものではないといえるだろう。
そういう意味で、
「ロボットに、人間が使い切れていない本能」
というものがあれば、
「人口知能はいらない」
ということになる。
ただ、そうなると、ロボットは、
「基本的には、人間と対等」
ということになるだろう。
確かに最初は、
「人間がロボットを作る」
ということで、
「創造主」
なのかも知れないが、それ以降の、製造ということであれば、
「ロボットがロボットというものを作る」
ということになるのだ。
人間であれば、
「子供を作る」
つまりは、
「子々孫々に受け継がれる」
ということになる。
だから、最初は、
「神が作った」
ということなのかも知れないが、人間は、自分たちで、子孫に受け継ぐということを覚えたことで、
「創造主」
というものへの意識がなくなったのかも知れない。
そういうことで、
「人間がロボット開発に成功した」
ということであっても、結局は、
「ロボットは人間のもの」
ということではなく、二台目以降は、
「ロボットはロボットのもの」
ということになるだろう。
そういう意味で、
「この世に存在している生命のほとんどは、元は人間が作ったのかも知れない」
ともいえる、
ただ、そうなった場合、
「その創造主がもとは何なのか?」
というのが、
「どの動物にもその可能性はある」
といえるかも知れない。
「サルかも知れないが、バクテリアなのかも知れない」
という発想もあれば、
「神というものがあって、その創造主は、創造されたものからは見ることができない貴いもの」
という発想になるのかも知れない。
とにかく、
「創造主」
というものは必ずいて、その創造主というのが、必ずしも、
「世界の統治者」
ということである必要はないのかも知れない。
「創造主」
「統治者」
とそれぞれに役割があり、それを誰も知らないまま、無意識に生きているとすれば、その力こそが、
「本能」
というものではないだろうか?
そんな中において、彼女は、
「予知能力」
というものを自分で感じることから、最近までは、その信憑性を逆に疑うように思っていた。
というのは、
「そんな予知能力のようなものを信じてしまうと、野生の本能のようなものが衰えてしまう」
ということであった。
だが、この間痴漢に遭ったということで、
「本能」
というものがあっても、他の人間の力が強ければ、つまりは、
「皆同じ能力を持っていて、その力の違いがそのまま、立場であったり、物理的な力の差」
ということになれば、それでは困ることになると考えたのだ。
「だったら、他の人にはない予知能力というものを使えるようになればいいのではないだろうか?」
と考えるようになったのだ。
そのおかげか、あいりには、
「自分が圧倒的な立場になれる人物が現れる」
ということを予知したのだった。
しかも、
「その男は、今の自分の立場から考えると、捉えておくことで、抑止になるだろう」
と考えるようになったのであった。
抑止というのが、どういうものなのかというのは、すぐにはピンとこなかった。
最初に考えたことというのは、
「核兵器による抑止力」
という言葉であった。
つまりは、
「力の均衡」
ということであり、浮かんできたのが、
「東西冷戦」
ということであった。
つまり、
「相手よりも、強力な兵器を作って、それを宣伝しておく」
というものであった。
「より破壊力の強い兵器を開発することで、自分たちが、相手を破滅させることができる兵器を持っている」
ということを宣伝できるからだ。
他の国は、その状態に対して、どう考えるかというと、基本的には二つしかない。
一つは、
「その力にすがる形で、同盟を結んで、その核の力で、他から攻めてこられないようにする」
ということである。
「自分の国に攻めこむということは、同盟を結んでいる超大国に対しての宣戦布告とみなす」
ということで、
「同盟を結ぶ」
ということで、戦争の抑止になるという、
「政治体制における抑止」
という考え方である。
あとは、
作品名:予知能力による抑止力 作家名:森本晃次



