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予知能力による抑止力

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 というのは、その言葉を発するということだけで、大いに羞恥心に見舞われるということになる。
 確かに、
「嫌がっている相手を無理やりに」
 ということであったり、
「発情」
 ということに伴って、無作為に子供がたくさんできてしまうと、結局は、
「自然界の摂理」
 というものが崩れて、へたをすれば、
「生命がすべて死滅する」
 ということになるかも知れない。
 それが、
「バランス」
 というものであり、そのバランスが、
「均等なもの」
 ということなければ成立しないことから、最初に、
「戒め」
 という気持ちを、人間の中に宿らせているということになるだろう。
 そして、
「人間というものは、プライドや意地というものがある」
 ということから、
「本能だけで生きる」
 ということを戒められるようになっている。
 だからこそ、
「人間は、最高の高等動物だ」
 と言われるのであるが、逆に、
「人間だけが、私利私欲のために、殺しあう」
 とも言われている。
 ただ、
「人間が増え続けないようにする必要がある」
 ということから、極端な考えであるが、
「殺し合い」
 というのも仕方がないといえるだろう。
 それが、
「動物的感性」
 というものであろう。
 つまりは、
「本能」
 というもので、その人間においての本能は、他の動物と違い、
「いかに、自分を納得させることができるか?」
 ということに掛かっているといってもいいだろう。
 そういう意味で、
「人間の中での殺し合い」
 というのは、
「神様が与えた人間の本能の一つ」
 といってもいいかも知れない。
 しかし、人間には、
「理性」
 というものがあることから、基本的には、
「むやみに人を殺してはいけない」
 という本能というか、本性のようなものが育まれなければいけないということから、
「羞恥心」
 というものが存在し、それが、社会というものの基礎を築いているといってもいいかも知れない。
 今回、見つけた痴漢されていた女。
 この女を、
「蹂躙したい」
 と思ったのは、それまでの
「虐げられた感情」
 というものが、爆発したということからなのかも知れない。
 ただ、
「この女でないといけない」
 という必要があったはずだ。
 むやみやたらということであれば、
「本能というものが、自分を納得させる」
 ということになるのかどうか?
 そのあたりが問題だといえるのではないだろうか?
 この時は知らなかったのだが、この痴漢されていた女、名前を、
「あいり」
 というのだが、
 この女は、自分を脅していた鈴村と同じ学校だったのだ。
 しかも、
「鈴村とあいりは、自分たちで気づかなかったところではあるが、お互いに好き会っている」
 ということのようである。
 だから、
「自分を脅している相手が気になっている女に対して、優位に立った」
 ということであった。
 それを考えた時、
「まるで、三すくみのようではないか?」
 と考えたのだ。
 ただ、三すくみということよりも、その前に感じたものとして、
「バランスと距離感」
 というものであった。
 バランスというものは、
「最近、特によく考えていることである」
 といえる。
 そのバランスというものを考えた時、
「バランスというだけに、もう一つ、均衡を保つ」
 ということで、何かの存在が必要だといえるのだった。
 それが何であるかということは、すぐには分からなかったのだが、そのきっかけとして考えられるのは、
「芸術」
 という発想であった。
 小学生の頃は、
「図工」
 と言われ、正直嫌いだった。
 というのは、
「自分は不器用だ」
 と思っているのだが、その理由として、
「いつも絵具が手についてしまったりして、絵を描くよりも、手に描いているかのようで、いやだ」
 ということであった。
 別に、
「きれい好き」
 というわけではないが、汚いのも嫌いだった。
 だが、それは、最近までであり、今では、
「少々汚くても気にならない」
 と思うようになった。
 正直、
「面倒くさい」
 ということが嫌いだった。
 そもそも、家族が潔癖症といってもよく、
「少しでも、散らかっていると、こっぴどく怒られた」
 という記憶があった。
「少しでもズレていれば、やかましく言われる」
 というのは、まるで、
「いつまでも子ども扱い」
 と感じることがいやだったのだ。
 そもそも、
「汚いことを気にしないのが悪い」
 のであるが、
「ことも大げさになると、必要以上に気にする」
 ということになり、それが、結果として、
「許されること」
 ということと、
「許されないこと」
 という結界というものが、分からなくなってくるということになるのだ。
 それを思えば、
「面倒くさい」
 ということが、そもそも、反発心を強めるということになるのだろうと考えられるのであった。

                 予知能力

 痴漢されていて、佐土原から脅かされることになった女性、あいりは、自分の中に、
「予知能力のようなものがある」
 ということを、以前から気づいていた。
 その予知能力というものが、どういうものなのかというと、
「夢に見る」
 という、予知夢であった。
 この予知夢は、そのほとんどが、悪いことを予知する夢であり、逆に、
「いいこと」
 を予知することもできるのだが、それは、夢に見るものではなかった。
 だから、あいりが感じる夢というのは、そのほとんどは、
「悪い夢」
 という認識が強いのであった。
「予知能力」
 というものがあったり、
「予知夢を見る」
 ということは、昔から気づいていたことではなく、最近になって気づくようになったのである。
 特に、夢というものの特徴を、自分で意識するようになったからで、それが、
「自分だけのこと」
 になるのか、それとも、
「皆同じような性質の夢を見るのか?」
 ということは分からなかった。
 実際に、夢に対して人と話をするようなことはなかったのだから、それも、もっともな話で、結局は、
「夢というのは、人それぞれに特徴があるものだ」
 と考えるようになったのだ。
 もちろん、全員が皆違うということもないだろうから、いくつかのパターンということになるだろう。
 それを考えた時、大学では、理工学部で、ロボット工学というものを研究していることで、そこで考えられている
「フレーム問題」
 というものがあることから、
「夢も一種のパターンとして、フレーム問題がからできているのではないだろうか?」
 と考えるのだった。
 ただ、彼女は、高校時代には、心理学に造詣が深かったので、心理学的なことも結構頭の中にあったりする。そもそも、
「理工学というものを志すようになったのは、心理学的な発想から、ロボット工学や、タイムマシン研究というものが考えられるのではないか?」
 という考えから、理工学というものを目指したので、
「フレーム問題」
 というのは、
「ロボット工学」
 というものの課題として挙げられるものだった。
 というのは、ロボットは、自分の意思で動くことが基本ということで、
作品名:予知能力による抑止力 作家名:森本晃次