予知能力による抑止力
「苛めを受けている子供が、本当は助けてほしいと思っているにも関わらず、本能として、知られたくないと感じる」
ということに似ているといえるのではないだろうか?
「本当に苦しい時」
というのは、知られたくないという本能が働くといってもいいだろう。
「野生の動物が死ぬ時、なるべく、誰にも知られないように死にたいと思うものだ」
ということを聞いたことがあるが、それも、
「本能によるものだ」
と考えると、
「知られたくないこと」
というのが、本能によってつくられていると考えるのも、無理もないことだといえるのではないだろうか。
その時、電車の中で、
「いつもと違って新鮮だ」
という気持ちがあったのも事実であるが、実際には、結局、前と同じ電車に乗るということになったのだが、その李勇というのは、
「電車の中の乗客が少ない」
ということで、
「余裕があり、空気が新鮮だ」
ということから、
「そよ風が吹いてくる」
という感覚が気に入ったのも事実なのだが、何か違和感を感じるのであった。
「その違和感がどこから来るのか?」
と感じたが、それが、
「電車が狭く感じられる」
ということであった。
これだけ、空気も新鮮で、そよ風が吹くほどの余裕が車両から感じられるはずなのに、なぜ、
「狭く感じるのか?」
ということである。
そもそも、
「俺は閉所恐怖症だ」
ということから、余計に恐怖を感じるのだろうが、逆に、満員電車の中で、本来であれば、
「これほど、狭く感じられる空間はないはずなのに」
と思うのだが、それを感じさせないほど、却って余裕のないことの方が、
「恐怖を感じさせない」
ということで、
「恐怖を飛び越えたのではないか?」
と感じさせる。
空腹状態の時であっても、それを一体通り越すと、今度は、
「飽食状態」
ということになり、
「食欲がわいてこない」
ということになるだろう。
それこそが、
「電車の中で、一度は、車窓の風景に飽きが来た」
と思ったとしても、
「またすぐに、飽きが消える」
ということになるのも、
「一つの本能だといえるのではないか?」
ということになるのだろうと感じるのであった。
だから、数日間は、少し早く出て学校に行ってみるということを試みたが、結局は、
「たまにはいいか」
ということでの、気分転換ということにしかならなかったということであるが、結果として、
「それも悪くない」
というのが、本能だと考えることが、そもそもの、
「本能だ」
といってもいいのではないかと感じるのであった。
「世の中というものが、自分にとって、どのようなものなのか?」
ということを考えた時、
「飽きが来る」
ということも本能だということであれば、
「気分転換」
というのも本能というものではないかと考えると、
「世の中というものが、違った形で見えてくる」
という発想が、本来であれば、
「それこそが気分転換という本能なのではないか?」
ということになるだろう。
その日の自分は、
「何か普段とは違う」
というものであった。
いつもの感覚とは違うが、
「何かに似ている」
という感覚があった。
それは、
「恐怖をあおる」
という感覚であったが、それは、
「自分が今まで感じてきた恐怖」
とは種類の違うものということであった。
確かに、恐怖を感じると、
「また虐められるのではないか?」
という、被害妄想というものが出てくるものであるが、今回は違った。
「何か、立場が逆転している?」
と感じさせるのだが、それであれば、
「こっちが、絶対的な優位になっている」
ということで、恐怖を感じることなどないはずなのに、そうではないのだ。
確かに優位に立っているという立場は見えるのだが、むしり、
「優位に立つことが、恐怖を煽る」
ということにつながるような気がして仕方がないということであった。
そして、実際に、その電車の中で、
「見てはいけないものを見た」
と感じたのだ。
最初に感じたのは、
「どうすればいいんだ?」
ということであった。
満員電車の混みあった中で、一人の女性が震えている。
それは、誰かに助けを求めるという様子なのだが、それ以上に、
「知られるのが怖い」
という感覚にも見える。
「それこそ、いつもの俺のようではないか?」
と、佐土原は感じたのだ。
「そうか、他の人に気づかないことも同じ感覚である俺だから気づくのか?」
ということが分かると、
「この女の人は、今虐められているんだ」
と思ったのだ。
しかし、殴られているわけでも脅迫されているわけでもない。
ということになると、
「痴漢されている?」
ということは、すぐに分かるというものだ。
となると、
「彼女のことを考えると、大声で叫んだ方がいいのか?」
ということになる。
なんといっても、
「まわりに気づかれたくない」
ということは、
「恥ずかしい」
という感覚からだ。
それを無視するということは、
「俺を納得させる」
ということに決してならないということだからである。
「こいつを放っておくわけにもいかないしな」
と思った。
だが、ここはやり方によっては、いろいろな立場で考えられると佐土原は思った。
今まで、
「誰かに対して、優位な立場に立つ」
などということはありえなかったからで、今でも、絶対的な不利な立場にいるということは間違いないことであった。
だが、この時の佐土原は、
「こんな機会はめったにない」
ということで、
「いや、二度とないかも知れないな」
と思うのだった。
「痴漢をしている男に対して優位に立つか?」
と考えたが、なんといっても、相手は犯罪者。
へたにでれば、
「俺のようないじめられっ子が、いくら相手よりも立場が優位だとはいえ、人間関係において、ほとんど分からない」
ということから、いかようにもできるというものだ。
そこで、佐土原は、
「待てよ」
と考えた。
「今回は、痴漢されていた女性に対しても、俺は、絶対的な立場があるわけだ」
ということだ。
実際に、隠し撮りをしてしまえば、相手を脅迫することくらいはできるだろう。
という考えであった。
といっても、
「金銭を要求する」
ということであったり、
「肉体関係を強要する」
ということまで考えることはなかった。
「ただ、立場的に優位に立っている」
ということを、自分で納得できればそれでいいと思ったのだ。
それが、
「自分の中で、悪魔というものが誕生した」
という瞬間だということを自覚していなかったのである。
「実際に、どのようにその女性を脅迫するに至ったか?」
ということは分からなかった。
どちらかというと、ビビりまくっていたといってもいいだけに、
「本当に時分が脅迫している」
という意識はなかった。
しかし、相手の女性は、恐怖に打ち震えていただけに、佐土原という男が、悪魔以外の何に見えたというであろう。
ただ、
「この男は、何も要求してくるわけではない」
作品名:予知能力による抑止力 作家名:森本晃次



